第3話

そうか、僕は父さんと母さんが死んで...今哀しいんだ。

「雪音...ありがとう。受け止めてくれて。僕は...僕は...。」

「ううん。私、あなたが知りたかっただけだから。歌はね、その人を教えてくれるの。何が好きで、何が嫌いで、どんな性格で、何を愛しいと感じるのか...全部...

清々しいほどに。ひねくれ者の君には良いでしょう?」

「雪音...それ以上言ったら怒るぞ。」

「宏は優しいから怒れない。というか逃げる。」

「逃げる?」

「賢いから、怒らないでも済む理屈を頭で簡単に作れちゃうの。悪い風に言うと、

 ただ逃げてるだけの面倒くさがり屋だよね。」

「...歌で僕がそこまで分かったってか?」

「うん」

雪音...なんなんだ。まあ確かに歌は気持ちを素直に表現できる。だけど...だからってそこまで分かるか?

「...あ、そういえば聞いてなかったんだけど、この廃校舎には僕らだけ?」

「うん。そうだよ。でもこれからどんどん来ちゃうかもね。」

「そっか。」

ドタンッ

何かが倒れる音がした。

「...もう一度聞くけれど...雪音...」

「...私達だけよ」

「じゃあ...今のは...」

「...多分、昇降口かな。音が近かったし。」

「...ねえ、雪音...もし...”アレ”だったら...。」

袋のファスナーを開け、銃を取り出す。

「もし...アレだったら...僕が君を...ま...守るよ!」

「宏...。」

銃を構え、雪音を背後に回らせ、音のした昇降口にゆっくりと向かう。

大丈夫だ...大丈夫。”アレ”は...”アレ”はもう人じゃない...。

下駄箱をゆっくりと見る。そこには、血管が浮き出た、見るに耐えない姿の

”何か”が倒れていた。

「ねえ...宏...。」

「ああ...これは...。」

「雪音は離れてて。」

「うん。」

ゆっくりと、ゆっくりと近づく。いつでも撃てる。撃てる準備はできている。

「ゔ...ゔ...」

”何か”がうめき声を上げる。

大丈夫...僕は...こんなだけど...きっと...。

「ゔゔ...あ...」

”何か”のうめき声が大きくなる。

「はあ...ふう...ふーっ...ふーっ...」

息を整えると、ゆっくりと引き金に力を入れる。

「ゔゔゔうっっゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔっ」

”何か”がこちらに顔を向けた。その瞬間確信した。”アレ”であると。

引き金を引こうとした瞬間、母の顔が浮かんだ。震えてうまく力が入らない。

「ゔううああああああああああああああああああああああああっゔうううあああ」

うめき声とともに、”アレ”が僕に襲いかかった。

「えっあっちょっまってっうああああああああああっ!!」

馬乗り状態に持ち込まれ、銃が吹き飛んだ。手を伸ばしても届かない。

(もうだめだ...そうか...僕は...やっぱり僕なんか...)

ガンッ

音とともに、”アレ”が血を流しながら僕の上に倒れた。

すぐさま体から離し、銃を取り抱きかかえながら、うずくまった。

「うう...うううっ」

気づけば僕は情けなく泣いていた。

「雪音さん...ごめん...ごめんなさい...結局...僕は...君に...。」

雪音は、保健室に置いてあったはずの血だらけのほうきを手に持ちながら、また

悲哀の表情を浮かべた。

「宏くん...君は...やっぱり変われないよ。その銃、結局打てないんだね。」

「雪音さ...」

「お前...まさかまだ...”アレ”を人間と思っているんじゃねえか?」

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