第2話

寝室から、男の叫び声とともに、”何か”を刺すような音がかすかに聞こえた。

それを理解するのに、説明は要らなかった。

父さんが、かすかに震えた声で、僕に語りかける。

「宏...ごめん...俺は...母さんのところへ行くよ...お前は来るな...お前だけは...殺しても...生きていてほしい...頼む...愛している。」

手に持った銃の重みが増す。血の匂いが不快で、ファスナーを締め、その袋を背負い、急いで外に出ると、街は死体だらけになっていた。

「こんな...こんなことって...。」

血まみれのゴルフクラブを振り回す成人男性、包丁で逃げる子供を斬りつける女性...この世の地獄だった。空には大量のヘリが飛び交っている。

(とりあえず逃げよう)

僕は、とにかく走って走って走りまくった。とにかく生きたかった。

死ぬのが怖いから?違う。父さんが望んだから?違う。

やっと世界がひっくり帰ってくれた。僕の嫌いなこの社会が今崩壊している。

こんなにも面白い世界、死んでたまるかってんだよ!

僕はなんとしても生きて生きて生きて、世の大人たちにこう言ってやるんだ。

「僕はお前らがだいっ嫌いだ」

...そういえば、ウイルスってことは僕も感染しているはずだよな。母さんの近くに居たわけだし。てか触ったし。...なんで感染しないんだろう。2分経てばもう初期症状出るんだよな。...まあいっか。とりあえず、色々考えるのは後にしよう。

とりあえず、今は逃げよう。...逃げるって、どこに?

そういえば、近くに廃校舎があったよな...。よし、ひとまずそこへ向かおう。

あ、ギター...ギターどうしよう。収まったら取りに帰ろう。

行く先行く先、殺し合いが起きていた。発電所は大丈夫だろうか。テレビ局は...

ああ、ラジオくらい持ってくるんだった。もう焦って出てきたからなあ。

近くのショッピングモールに寄ればあるだろうけど...きっと街なんかよりもっと酷い惨状になってそうだからなあ。

そうこう考えているうちに、廃校舎が見えた。

「よし...行こう。」

ここなら人も来ない。

昇降口を抜けると、保健室だったであろう場所を見つけた。

(良かった...ベットは残ってる...。)

「...誰?」

後ろから、女性の声がした。

「あなたも逃げてきたの?」

振り向くと、黒い髪に可愛らしく切られたボブの、可愛らしい女性が立っていた。

ヘーゼルアイの瞳が美しい。

「は、はい。住宅街の方から。」

「へー...あれ、その背負ってるそれって...」

「あ、銃です。」

「ふうん...あなた、銃使えるんだ。」

「い、いえ...父から先程譲り受けたもので...」

「お父さんはどうしたの?」

「感染した母を殺めた後、自害しました。」

「...君、よくそんなに冷静で居られるね?」

「僕もそう思います。」

「おかしな人。」

彼女は、そういった後ポケットから何かを取り出した。

「ねえ、これ食べる?棒の飴ちゃん。」

「あ、いただきます。」

彼女は薄い笑みを浮かべた後、僕の腕を引っ張った。

「いいとこ連れてってあげる。」

「え?」

彼女に連れられるまま、走っていると、着いた先は体育館だった。

「ねえ、私があげといてなんだけど、その飴そこに捨てて。」

「ええ?そこって...床ですか?」

「いいから。命令。」

「は、はあ。蟻寄ってきても知りませんよ。」

「良いの。蟻は感染しても殺せちゃうし。」

「ああ、たしかに。」

僕は一体何に納得したんだろう。もうよくわかんないけど、彼女に付いていくのがなんだか面白い気がした。

「ねえ、君名前なんて言うの?」

「宏...高田宏。」

「私は雪音。」

そう言った雪音の顔からは、どこか悲哀を感じる。

「ねえ、宏くん。歌ってよ。」

「え?」

「君は何だか冷静に見えるけど、そうじゃないよね?」

「...」

「歌は、自分を出してくれる。抑えなくて良いんだよ?」

「...雪音。」

「私が、受け止めるから。」

その一言は、僕を放出させた。

あの日のように喉が潰れるほど歌った。その歌は、虐げるわけでもなく、バカにするものでもなかった。今まで歌ったことのない感情。

それは、”愛しさ”だった。

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