使えても使えても。

くま

第1話

僕、高井宏は平均以下だ。もう高校2年生になるというのに背は160もいっていないし、勉強もできる方ではない。運動なんてできたもんじゃない。性格もひねくれてて、友人も少ない。問題点はこんなにも明らかなのに、行動できない。消極的で、バカだ。

きっと、何があっても変われない。暗くて、偏屈で...臆病で。こんなんじゃ大人になれない。きっと僕みたいなタイプは社会で生きづらくなるに決まっている。学校のような比較的易しい場所でも上手くいかない僕が、あんなにも冷酷で厳しい場所で生きていけるはずがない。どうしようもない。本当に、どうしようもないんだ。

唯一できるのは、歌うことだけ。防音の仕様である自分の部屋のアコースティックギターを手にとって、鳴らしてみる。チューニングを確認したら、防音設備以外なんの特徴もないこの部屋が、独壇場と变化する。誰が入ってこようが関係ない。僕だけの、僕だけのステージが、ここにある。思いっきり叫んだ後、喉が潰れるくらいに歌った。この時間が、唯一の幸せだった。音楽は、僕を動かしてくれる。

音楽は、僕の救いだ。音楽のためならば、憧れのあの子にだって告白してみせよう。

何でもできるような気がする。そんな魔力が、音楽にはある。母さんの夕飯を断って、一晩中歌い続けた。誰にも気づかれないまま、歌い続けた。僕だけのステージ。

僕だけの世界。ここが楽園だった。辛くて、厳しくて、生きているのもやっとな大人に向けて、僕は誰にも聞こえるはずのない歌を歌った。こんなことしても無駄だと理解していても、辞めることができなかった。幸い、明日は学校が休みだ。そうだ、あいつらに向けて歌ってやろう。僕はお前らが嫌いだ。大嫌いだ。

次の朝、起きるのもやっとだった。流石に調子に乗りすぎた。でも、後悔はない。

休もう。休みは休むためにあるのだ。この日に休まなければ、一体いつ休むというのだ。2時間、また眠りについた。起きたらもう13時だった。空腹で倒れそうだ。

食料を探しに、リビングに行くと、食卓の椅子で、ぐったりとした母がいた。

「母さん?どうしたの?」

返事がない。いや、返事をしたくてもどうやらできなさそうだ。気分が悪いのだろうか。

「おでこ触るよ?母さん。」

39度はあるほどに熱かった。とりあえず父さんを探すが、仕事のようで家には居なかった。

「熱...測るよ?」

近くにあった体温計を母さんの脇に挟む。測り終えたその体温計は、40度を示していた。

「...お母さん、動けそう?とりあえずベットで寝たほうが...。」

ぐったりとしたまま、母さんは一言も発さずに、寝室へと歩いていった。

母さんがドアを閉じる音と同時に、外から銃声が聞こえた。

「っ!」

カーテンの隙間から外を覗くと、銃を持った30代ほどの男の前に、血を流して倒れている女性がいた。

「な、なんだよ...あれ...。」

「ゔああああああああああああああああああああ‼」

男の叫びと同時に銃声が住宅街に響き渡る。

「...なにが起きて...。とりあえず...け、警察...。いや、でも、他の人がもう...。」

ガタンッ

「っ!」

玄関のドアが激しく開く音がした。玄関までいくと、そこには苦しそうに息をする父の姿があった。

「おい、ひろ...ニュース見たか?」

「父さん...何?どうしたの?そんなに焦って...。あ、家の前のあれさ...」

「...まずはニュースを一緒に見よう。」

「う...うん。」

リビングに父さんと向かい、テレビを付けた。

『緊急ニュースです。海外から新型のウイルスが到来しました。感染時には、初期症状として40度の高熱、進行すると精神障害が引き起こされ、全身の血管が浮き出し、周りの人間を殺害するなどの行動に出るとの情報が...』

プツッ 父さんがテレビを消すと、今まで見たことがないほどの剣幕で話しだした。

「...そこの家の前で銃が打たれていただろう。あれは...つまりこういうことだ。」

「と...父さん...母さんが...母さんがおかしいんだ...。」

「...っ!まさか...。」

「父さん...。」

「お前は...感染していないようだな。ウイルスが体に入ると、2分以内に症状が出るらしい。そして、熱が出てから個人差はあるが、1時間以内に精神障害が引き起こされ、さっきのテレビで言っていたように、とにかく人を殺害し続けるようだ。」

「ん...。」

「いいか、父さんは母さんの様子を見てくる。絶対に部屋に来るんじゃないぞ。」

「...分かった。」

「よし。偉いぞ。さすが父さんの息子だ。お前は...俺の...いや、俺達の誇りだ。」

「と、父さん...僕も...父さんと母さんが大好きだよ...一生一緒にいたいよ...!」

「...ああ、きっと一緒だ。...あと、これ。」

「え...これ...。」

父さんは、妙に重く、長い袋を手渡すと、僕の頭を撫で、キッチンの包丁を持って

寝室へ向かった。

何をするのか、バカな僕にも想像がついた。

その妙に重く、長い袋のファスナーをゆっくりと開ける。

中には、銃が入っていた。僕は、生きる覚悟をした。

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