2 服用
小さいころから自傷癖があった。一時は落ち着いていたが中学生くらいからまたぶり返してきた。高校生の時、ちょっときっかけは忘れたのだが「これは精神科の世話になるべきではなかろうか」と思い立ち、こっそり家を抜け出し(高校生にもなって、出先の報告のない外出は認められていなかった)、総合病院の精神科にかかったのであった。なぜ家族に相談しなかったのか。精神科を「檻つきのキ〇ガイ病院」だと思っているような家族だったからである。
簡単な問診をされ、軽い鎮静剤を処方され、帰宅後、家族の中ではまだ理解のありそうな母には打ち明けた。もちろん険悪になった。結局その鎮静剤は効いているんだかいないんだかわからなく、そんなに使わなかったので、再度薬をもらいにはいかなかったように思う。
本格的に服薬が始まるのは、就職をしてからであった。
高校を出てすぐ地方公務員になり、1年経たずにおかしくなった。まず半年ほどで主任が体を壊して職を辞し、下っ端業務をようやくこなせるようになってきたぴかぴか1年生のわたしに主任の業務が全部おっかぶさってきたことによる。定時までは自分の仕事をし、定時のチャイムが鳴ったら午後は後半戦のお知らせ、主任が残していった大量の手書き伝票をエクセルに手打ちする。Aの予算をまとめたいのだが、分厚いファイルにはA~Eの予算がごっちゃに綴じられている。計算が合うほうがおかしいと思うのはわたしだけだろうか。1日12時間労働して、そのころにはもう鬱で精神科に通っていたのに、それを知っている先輩から「休日出勤も覚えてもらわないと困るよ」と言われるありさまである。精神科から2週間休んでヨシの診断書をもらって提出しても、仕事に呼び出されたりもした。なおこのころには人間らしい生活が全然できず、うつの症状もあったので友人に介護してもらっていた。彼女がいなかったら死んでいたかもしれないと思う場面は今後も出てくることになる。
当時の相棒は睡眠導入剤のマイスリーと抗不安剤ワイパックス。この2つはいったんやめたりジェネリックになたり量が変わったりしつつ、今までずっと付き合いが続いている命綱である。マイスリーを服んだ時の、あの穏やかに引っ張り込まれるような眠りの心地よさよ。睡眠導入剤の「気持ちよさ」については嶽本野ばら先生の著作「sleeping pill」(「幻想小品集」収録)が詳しい。ちょっと詩的に過ぎるが。
あるとき自傷痕だらけの手足で精神科に行き「もう働けない」と言ったら「実家に帰りなさい」と言われた。「職場に報告するので明日にでも帰る」と言うと「職場には連絡するから今すぐ帰りなさい」とのことだった。1か月の病気休暇を経て、復帰は無理だと判断し、辞職した。議員とかじゃなくて一般の職員でも、公務員は辞めるときは「辞職」なのだそうだ。履歴書にもそう書く。
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