おクスリ手帳

猫田芳仁

1 憧れ

 子供のころの記憶をたどると、実家には常備薬があまりなかったような気がする。本当はもっとあったのだろうが、バファリンと、下痢止めと、あとは母が皮膚科でもらっていた軟膏くらいしか記憶にない。加えてうちの家族は病院嫌いで、幼児のころはともかく小学生くらいになると、よほどの症状でないと病院の受診をさせてもらえなかった。ちなみに1人で病院に行くことはできない。保険証の場所を知らされていないからだ。わたしが高校生の頃、危機感を覚えて家探しし自力発見するまで、保険証は食器棚の一番高い扉に隠されるように入れてあった。

 さて、ここまででわたしがおクスリと縁遠い子供だったのはお分かりだろう。よく「漫画やゲームから隔離されて育つと大人になってからえぐいはまり方をする」みたいな話を聞くと思うが、わたしはそのようにおクスリにえぐいはまり方をした。いろんな意味で。


 まずゲームの状態異常の「どく」「まひ」「ねむり」あたりに変な興奮を覚えるようになった。小学校低~中学年のころには「睡眠薬」にえもいわれぬ憧れを抱いたのが記憶にある。その道を極めたら状態異常系スケベ小説を書く人になっていたのかもしれない。

 小学校高学年のとき、図書館で運命の出会いを果たす。

 中島らも先生の著作である。

 先生は様々なジャンルの小説を書かれていて、それがだいたい全部面白いのだが、エッセイも多くある。そのエッセイ内で「ラリって」いた話なんかも扱っていてわたしの興奮はどうしようもなく高まった。特にベニテングタケの学名をタイトルに冠した「アマニタ・パンセリナ」はドラッグ体験記とでもいうべきもので、好奇心を大いに満足させてくれた。同時期に新紀元社(ファンタジー作品に使えそうな資料本をたくさん出している出版社)の「魔法の薬」を図書館で読むだけでは飽き足らなくなって小遣いで購入。古今東西の民間薬から伝説の薬、兵器としても使われた毒物、そして麻薬。麻薬の効能はだいたいこれで覚えた。麻薬は危ないです! 手を出さないで! みたいな啓発パンフレットには実際に使うとどうなるのかの情報はほとんどないのでこれは実に助かった。別に手を出したいと思っていたわけではないが、麻薬の妄想に遊ぶのは実に楽しかった。


 高校に上がって文芸部に入ると似たような嗜好の友人もでき、お互いおすすめのドラッグ系書籍を教えあったりして楽しく遊んだ。

 そして高校生の時、前述のように初めて自分の意志で病院に行き、薬を処方されることになる。

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