第14話 裕輔、ラオスの地にて死す
それから十五分ほどしてクレーン車の下敷きになっていた裕輔が作業員達によって引き上げられた。だがかなりの重症だ。胸が圧迫され肋骨が折れているようだ。呼吸も浅いし危険な状態だ。平井監督が駆け寄ってビオランを呼んだ。
ビオランが裕輔の側に駆けつけて裕輔を抱きしめた。裕輔が荒い呼吸をしながらビオランを見つめる。
「ユウスケ死なないで、いま救急車が来るから。貴方が必死で働く姿に皆が感動して貴方を助けたのよ。だから死なないで」
裕輔はビオランに抱かれている事に気付いたのか、何かを言っている。
「は……橋はどうなった」
「何を言っているの? 自分より橋が心配なの? 橋は大丈夫よ。ユウスケが命懸けで守った橋だもの」
「ビオランと二人で日本に帰りたかった……」
「ユウスケしっかりして、二人じゃなく三人だよ。分かる? 貴方の赤ちゃんがお腹にいるのよ」
「ほっ本当か? そうかぁ嬉しいなぁ」
「だからユウスケ私達を残して逝っては駄目よ」
「そうか……良かった。ありがとうビオラン一緒に帰ろう」
「そうユウスケのお嫁さんになって日本で暮らすのよ」
「いいなぁ、三人で四万十川の辺に家を建てて……」
「ユウスケ! しっかりして死んじゃ駄目よ。私を日本に連れて行くと約束したじゃない。貴方が自慢していた。シマント川を見せてくれと言ったじゃない」
「そうだった。ビオラン。コイ・ハック・ジャオ(君を愛している)四万十川は綺麗だよ。君に見せてあげ……」
「ユウスケ? ユウスケ! どうたしの眼を開けて……駄目! 死なないで! いやあ」
作業員達は裕輔の側に集まり心配そうに見ている。だが裕輔は再び眼を開ける事はなかった。やがて裕輔はビオランの腕の中で息を引き取った。見守っていた全員が号泣した。
「すまない谷津、俺達が帰らなければこんな事にならなかったのに……赦してくれ」
泣き崩れながら裕輔の亡骸を抱きしめるビオランを囲み、みんなは合掌した。
その翌日は昼頃になり雨が上がると同時に日が射してきた。工事に関係した全員が集まっていた。この橋を守ろうとして死んでいった一人の日本人が居ると訊いて大勢の町の人々がラオスとベトナム両側の岸に集まって花束を川に投げ込む。
それに応えたのだろうか雨上がりの橋に虹が掛かった。みんなが叫んだ。
『谷津裕輔はこの橋と共に生き我々の心の中に生きている。この橋に谷津祐輔の名前を付けよう』
裕輔が死を持って示してくれた仕事への責任感に、彼等の考え方が変わった。就業時間が来ても何かする事はないかと聞いて来る。監督以下五人の日本人スタッフは、これも裕輔の力があったからこそだと在りし日の裕輔が眼に浮かぶ。監督は必要に応じて彼等に残業を頼んだ。勿論残業手当はキッチリと支払った。彼らも嬉しかった。約束通り残業手当を払ってくれる。働き損もしない、これこそが信頼だと思った。それから予定通り工事は遅れる事もなく二ヶ月後に橋は完成した。
次回最終話へ つづく
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