第13話 仕事に掛ける誇り

「あの夜、裕輔の話は聞いてなかったの? 今は非常事態なのよ。せっかく完成しかけた橋がどうなってもいいの。とにかく橋を見に来て。それから判断してよ。お願いだから」

「……分かったよ。ビオラン。個人的には谷津はいい奴だと思っている。とにかく様子を見に行くだけだからな」

 それから十五分ほどして作業員達二十人が橋の周辺に渋々と集まってきた。

 その見た光景はズブ濡れになりながら七人の日本人が慌しく働いていた。

 自分達に気づく余裕さえないほどに。仕事とは何か、あの夜、谷津が熱く語った事が蘇る。

 これまでに親睦を深める為に、作業員達を含めたパーティーを数回開いている。平井監督もこう語っている。


『仕事とは損得の問題だけで動くものじゃない。俺達は仕事に誇りを持ってやっているだから就業時間が過ぎようと時には働かなくてはならない、それが責任であり仕事だ。金は要らないとは言わないが自分の仕事が認められれば、それ相応の対価としていずれ給料に反映される。それが日本企業を繁栄させているんだ』

 あの夜、若者達が裕輔の言葉を思い出していた。戦後日本が経済大国になったのも分かるような気がする。

 裕輔は必死でクレーン車を流されないように濁流の中で、命がけで戦っている。あの時、裕輔が熱く語った言葉が再び蘇った。それを言葉通り実証している谷津の姿を見た。俺達ラオス人もベトナム人も仕事に対する姿勢の違いが今更に分かるような気がする。

 我々も日本人のように仕事に取り組んでいたら、もっと豊かな国になっていただろうと。


 俺達を無理やり働かせる口実だと思っていた。だが必死で働いている姿に感じるものがあった。彼等は言った。誇りをもって仕事すると。

 それがいま目の前で実証されている。自分の国の為ではなく遠い異国の地でも損得抜きで必死に働いている。

 それも豪雨の危険な中で。これが彼等の仕事に掛ける誇りなのか……。

 三十数名の作業員は互いの顔を見た。少し遅れて数十人がやって来た。

 責任者のジオレードは、なにか胸から込み上げてくるものを感じた。そしてジオレードが叫んだ。


「おい! 俺達だって誇りはある。俺達の造った橋を守ろうでないか。見ろ! 谷津の勇気を!」

 全員が橋に向って走り出した。一緒に現場に来たビオランは黒髪を雨に濡らしながら、願いが通じたことを喜んだ。彼等は平井監督の所に集まった。

「監督、橋を守りましょう。俺達の橋を」

「おう来てくれたか、クレーン車が危ないんだ。いま谷津が……」


 そう言った時だった。裕輔が乗っていたクレーン車がスローモーションのようにゆっくりと傾いていった。

 危ない!! 誰かが叫んだ。クレーン車は濁流の中へ倒れていった。

 谷津! YATSU! 全員が叫んだ。ラオス人、ベトナム人達がロープを体に巻き付けて川に飛び込んだ。母なる川が悪魔になった。数台あるブルドーザーのライトを横倒しになったクレーン車に向けた。だが裕輔の姿が見当たらない。ビオランは泣きながら濁流に消えた裕輔に向って叫んだ。

「いやぁユウスケ! 死なないで!!」


つづく


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