第45話 祭りの終わり

その後も、大きいトラブルや小さいトラブルがたくさん起こった。


トイレが汚れてるとクレームが入ったので掃除しに行ったり、転んで足をすりむいた子を医務室に連れて行ったり、他にもいっぱい、色々起こった。


本当に目まぐるしい1日だった。


だけど、それももう、終わろうとしていた。


私は食堂で、ようやく綿あめを食べていた。中庭ではもう薄暗く、何のパフォーマンスもしていない。店番をしている生徒達も暇そうだ。


あと3分で、4時になる。文化祭が、終わるのだ。


私は2分で綿あめを食べ切って、受付に戻った。


「理音、もう時間だよ」

「うん、わかってる」


受付の時計で、時刻を確認する。あと30秒、10秒、5、4、3……。


0秒。私はチャイムを流した。


キーン、コーン、カーン、コーン……。


「午後4時になりました。ただいまをもちまして、今年度の風祭中学文化祭を終了いたします。本日はご参加くださり、ありがとうございました!」


パチパチと、色んなところから拍手が聞こえてくる。私はそれを聞きながら、続きを話した。


「ご来場の皆様は速やかに退場し、寄り道をせずご帰宅ください。生徒の皆さんは片付けを始めてください」


さぁ、これからも大変だ。

1日かけて準備したあれやこれやを、2時間で完全に撤去しないといけない。


私は最後の気合を入れた。



撤去作業は、覚悟していたほど大変じゃなかった。なぜって、準備と違って、撤去のときは私への連絡がほとんどないからだ。準備では突然必要になるものがたくさんあるけど、撤去するときにそれはないんだ。


このとき初めて、私はこの文化祭をゆっくり回れたかもしれない。


みんなが一生懸命準備したたくさんの飾り付けが、どんどんはがされていく。企画や展示に使っていた小物が、どんどん箱に詰められていく。はがしたテープが、余った食材が、ゴミ袋に詰められ集められる。


準備のときと違って、学校への運搬は先生が全部やってくれることになった。大きい荷物も小さい荷物も、全部先生達が車に詰めて持って行く。私達は撤去作業に集中していればよかった。それでより一層、作業のスピードが上がった。


お祭りの痕跡がどんどん減っていくホテルは、なんだかとても、物悲しかった。私はほとんどの出し物を見られなかったけど、減っていく様子を見ることで、逆に、そこに何かがあったんだと実感できた。


みんな、ちゃんと、楽しんでくれたかな。


私はどうだろう。私はこの文化祭を、ちゃんと楽しめただろうか。

今日1日を振り返っても、私の思い出は、列を整理したりプロジェクターを交換したり、そんなものばかりだ。とても「文化祭の思い出」とは思えない。

でも。

この2か月のことを振り返ると、これは間違いなく文化祭の思い出だと確信できる。私達が決めて、行動して、ここまでの準備をしてきた。それが、今日、こういう形で花開いたのだ。


6時近くになって、私はロビーのソファでぐったりしていた。

すると、国枝先生がノートパソコンを持って近付いてきた。


「蟹場さん、お疲れさま」

「せんせぇ……はい、お疲れです……」

「お疲れのところすみませんが、記者の雨宮さんから、今日の記事が届いています」

「え、もう?」


私は背筋を伸ばした。国枝先生が、私にノートパソコンを渡す。


「記事のチェックをお願いします。何かおかしいところがあれば指摘してください。今日返信すれば、明日には記事が公開されるそうです」

「わ、わかりました」


私はノートパソコンを受け取って、記事を読んだ。

記事は長いものではなかったけど、この文化祭のことが丁寧に書かれていると感じた。文化祭の中身よりも、どんな感染対策をしたとか、私がどんな想いで文化祭を準備したのかとかが、詳しく書かれていた。

私のことは「情熱と野心を持った中学生」と紹介されていた。なんかこそばゆかった。


記事の最後は、こんな文章で締めくくられていた。

『私達大人は、コロナを理由に子ども達の多くの楽しみを奪ってきた。しかし彼女達のように、これまでの常識にとらわれない発想で、新しい行事の形を提供していくべきではないだろうか』


「……良い記事だと思います」

「修正箇所はありますか?」

「いえ、ありません」

「わかりました。では、これで記者さんに渡しておきます」


国枝先生はパソコンを受け取ると、ホテルの外に出て行った。詰め込み作業がまだ残っているのだ。


「理音」


燈たちがやってきた。みんな疲れているけど、表情は輝いているのが、マスク越しにもわかった。


「お疲れさま、理音」

「うん。みんなも、今日は本当にありがとう」


もう6時になる。放送をかけなくちゃ。


私は受付の裏に回ると、マイクをオンにした。


「生徒会長の蟹場理音です。午後6時になりました。生徒の皆さんは、速やかに帰宅してください。打ち上げなどは行わないよう、お願いします」


これで本当に、今日が終わる。

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