第42話 大人の会話

「ふっふっふ、大盛況じゃないですか、蟹場さん」

「はい、おかげさまで」


佐伯さんはにこやかに言った。そして私の隣にいた国枝先生に、名刺を差し出した。


「国枝先生ですよね。オフラインでは初めまして、KNGビルディングの佐伯です」

「こちらこそ初めまして、風祭中学の国枝です」


国枝先生も名刺を出した。先生って名刺とか持ってるんだね。

佐伯さんと五十嵐さんは受け付けを済ませると、再びに私達にあいさつした。


「改めまして、KNGビルディングの佐伯です。こちらは総務の五十嵐」

「五十嵐です」

「このたびはうちの物件をご利用くださり、ありがとうございます」

「いえこちらこそ、うちの生徒が突然お尋ねして、ご迷惑をおかけしました」


佐伯さんと国枝先生は、表面上はにこにこと会話していた。

でも、なぜかどこか怖い。緊迫している。もしかして仲悪いのかな。


「ところで先生、ひとつご相談があるのですが」

「なんでしょう」

「何枚か、写真を撮らせてもらいたいんです」


そう言って、佐伯さんは小さいデジカメを取り出した。「営業」と書かれたシールが貼ってある。


「すみません、写真は原則お断りしてまして」

「ええ、ええ、いまも説明されました。盗撮とかSNSへの投稿とか、怖いですからね。ですので、先生の見ている目の前でだけ撮影します」


なんかどこかで聞いたフレーズだと思ったんだけど、雨宮さんの撮影を許可する条件と同じだった。


「目的をお聞きしても?」

「社内報や社内プレゼンに使いたいんです」


シャナイホウ? シャナイプレゼン?

先生たちのよくわからない会話に首を傾げていると、五十嵐さんがこっそり教えてくれた。


「簡単に言うと、うちの会社内で、他の人に『こんなことやったぞ!』って教えたいのよ。そうすると、他の人達も『そうか、学校行事に使ってもらえばいいのか!』って気付くでしょ? そうすれば、他の学校でも行事を行うようになるかもしれない。蟹場さん風に言えば、世界が変わるかもしれないのよ」


それは魅力的な提案だった。


「先生! 2〜3枚ならいいんじゃないですか?」

「蟹場さんねぇ……」


国枝先生は呆れていた。


「わかりました、私の見ている前でなら許可します。ただし、撮った写真が外部に漏れた場合は、しかるべき対応を取らせてもらいますのでそのつもりで」

「はい、はい、もちろんです」


シカルベキタイオウ?

よくわからなかったけど、五十嵐さんも説明してくれなかった。


「それでは私は、佐伯さんを案内してきます。蟹場さんは自分の仕事に戻ってください」

「は、はい」


と言っても、私の仕事は常に「待機」なんだけどね。


二人を見送ってから、私は今度こそ食堂に向かった。綿あめもお昼ご飯も、まだ何も食べていないんだ。

中庭では、吹奏楽部が一人でアコーディオンを奏でている。穏やかなメロディが心地よい。私はその音に酔いしれながら綿あめの列に――。


『理音、ちょっと困ったことになった』

「……今度はなに?」

『宴会場に来てくれないか? プロジェクターが壊れた』

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