第37話 人だかり

文化祭の当日、実は私は、結構ヒマだ。はっきりとした仕事がないからだ。クラスの「お褒め屋」の手伝いもないし。

私の仕事は、緊急対応。生徒会長として、他のメンバーや実行委員の手に負えない事件が発生したときや、手が足りないときに対応を行うのが任務。いわば常に「待機状態」なのである。

だから何事もなければ私の仕事は何もなく、今日は一日文化祭を楽しめる。


……と思ってたんだけどそうでもなかった。

ヒマだったのは最初の30分だけで、そこからすぐに忙しくなった。


『理音、緊急に対応してもらいたい案件がある。207号室、2年1組の「お褒め屋」が人気すぎて、廊下に長蛇の列ができてる』

「私のクラスじゃん」

『知ってる。で、廊下が密になってる。なんとかソーシャル・ディスタンスを取らせてくれ』


燈からの通信を受けて、私は207号室、つまり2階にある小部屋に向かった。


たしかにそこは、廊下に人だかりができていた。なんでこんな人気になっちゃったんだ、うちのクラスは。


人気の理由は、人だかりに近付いたら分かった。

出店内容によるが、基本的にすべての客室のドアは開けっぱなしにしている。そのせいで、室内の声が廊下にダダ漏れなのだ。

そして聞こえてくるのは、クラスメイト達のお褒めの言葉。


「その髪型マジで素敵ですね! どんだけ手間かけてるんすか!」

「え、そ、そんな手間じゃないですよ。10分くらいでちゃちゃっと……」

「たった10分でそんなに綺麗にできるんすか! 天才じゃないすか!」


近くを通りかかるとこんな声が聞こえてくるのだ。そしたら気になって、列に並んでしまうことだろう。


しかし、こういう状況は想定していた。客室に大勢が入れない以上、順番待ちは廊下ですることになる。しかもホテルの廊下は学校の廊下より狭い。2〜3人がすれ違える程度の幅しかないんだ。


そこで、廊下を区切るためのテープを用意しておいた。それを床に貼って、簡易的な区画を作るのだ。


「皆さん、すみません。ちょっと壁際に寄ってもらえますか」


そう声をかけて、お客さん達を2列に分ける。先頭の方を廊下の部屋側の壁に、後ろの方を廊下の窓側の壁に誘導した。そしてテープで区画を作り、距離をとって並んでもらう。

ちなみに、廊下の窓はすべて全開になっている。これで廊下の換気は十分なはずだ。エアコンがフル稼働してるから、寒くもない。


そうこうしているうちに、実行委員が一人きた。「最後尾」の立て札を持っている。彼にはそれを持ったまま、しばらく立っていてもらうことになる。


「それじゃあ、しばらくお願いね」

「はい!」


元気の良い返事だった。これでひとまず問題解決だね。


「……でもあの、ずっとこれ持って立ってるの、割とヒマっていうか苦痛っていうか……」


元気の良さどこ行った。私は彼の肩を叩いた。


「大丈夫、もうすぐ楽しいことが起こるから」

「え?」


私が言ったときだ。

廊下の窓の外から、突然、音楽が聞こえ始めた。


大きな音だった。でも客室での出し物を邪魔しない程度の絶妙な音量だった。順番待ちの人達が、廊下の窓から首を出して音の出どころを探している。


私は急いで階段を降りて、食堂に向かった。作戦はうまく行っているかな?

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