第35話 前日
「この大量のうちわどこのー!?」
「3年1組の『セレブ体験』のやつだ、401号室!」
「アクリル板持ってきたよ!」
「とりあえずそこ置いといて!」
「ぎゃー! 展示品が折れてるーー!!」
ホテル中、もう大騒ぎだった。
今日は文化祭の前日、つまり準備の日だ。
用意しておいたあらゆる備品、展示品、調理道具、食材、飾り付け、などなどを、学校からホテルまで運び、設置する。
私達生徒だけで運べそうなものは、私達で担いで運んだ。学校から徒歩15分の道を、ひぃひぃ言いながら運んだのだ。それも、何往復もして。昨日の取材では「先生の説得が一番苦労した」と答えたけど、今日同じことを聞かれたら間違いなくこの運搬作業を答える。晴れていたのがせめてもの救いだ。っていうかこれ、片付けでも同じことするんだよね……今からもう恐ろしい。
だけど、どうしても私達には運べないサイズのものもあった。アクリル板とか、舞台のセットとか、食べ物屋の屋台とか。
そういうのは先生達に頭を下げて、車で運んでもらった。私達だけで文化祭をやるつもりだったけど、契約から準備まで、色んなことを先生達に頼むことになってしまった。
「いいんですよ、それで。ちゃんと誠意を見せて、筋を通して頼んでくれれば、私達はいくらでもあなた方に協力します。それが教師の役割ですから」
と国枝先生は言った。ずっと苦手な先生だったけど、この文化祭準備を通して、ちょっと頼もしい先生に思えてきた。
頼もしいといえば、的君が大活躍だった。
「的君、この机4階まで運んで!」
「わかった」
「的君、この超重い鍋食堂に運んで!」
「わかった」
的君は重いもの運搬担当になっていた。台車も用意したんだけど、台車に乗せたり台車から下ろしたりするのには、やっぱり的君が活躍していた。的君はみんなからの頼みを嫌な顔ひとつせず、それどころか誇らしげな顔で引き受けていた。
『あ、あー、テストテスト。本日は晴天です』
と、館内放送が流れた。姫名ちゃんの声だ。姫名ちゃんには放送機器とか防犯カメラとか、機械関係の準備をお願いしていた。宴会場のスピーカーやプロジェクターのチェックもしてもらっている。
受付では、神流ちゃんが文化祭実行委員達に、明日の作業を説明していた。もちろん事前に打ち合わせてあるけど、実際の現場で改めて確認しているんだ。
「お客さんが入ってきたらこれで検温してください。37.5℃未満なら入場できます。それからここのロープに沿って整列させてください。間隔を空けてもらうのを忘れずに。手指の消毒をしてもらったらチケットの確認。そしたらここのiPadの『
文化祭実行委員には、受付作業や黙食の監視など、文化祭のあらゆる作業をお願いしている。仕事量は私達生徒会の比ではない。
受付にも小さなアクリル板が設置してある。さっき燈が置いたものだ。燈は感染対策担当として、各部屋にアクリル板とアルコールを配ったり、設置を手伝ったりしていた。
「燈、アクリル板なんて持てる? 的君に頼んだ方がよくない?」
「なに言ってんの理音、このくらいなら余裕だよ」
と余裕ぶってたけど、今はひぃひぃ言いながら運んでいる。
そして私は、みんなの作業の監督をしていた。ホテルを歩き回って様子を見たり口出ししたり、みんなの追加の要求を聞いたりするだけの仕事だ。
みんな苦労してるのに私だけこんな楽でいいのかな……と思ってたんだけど、全然楽じゃなかった。私のiPadに、ひっきりなしに連絡が来るからだ。
『生徒会長さん、ドアストッパーでドアが止まらないんだけど、替えのストッパーある?』
『ごめんなさい〜! 部屋に水こぼしちゃいました! 拭くものください!!』
『小部屋に8人以上入っちゃだめって言われたけど、作業するのにどうしても15人くらい入りたいです。だめ?』
朝から晩までずっとこんな調子で、私はホテル中を駆け回っていた。
「あ、樹里先生!」
駆け回っている間に、私はロビーで薬を運んでいる樹里先生に出会った。
「あら、蟹場さん。忙しそうね」
「もう本当に色んな人から呼び出されてて……樹里先生も、今回は本当にありがとうございます。お休みの日なのに……」
「気にしなくていいのよ。私がやりたくてやってることだから」
樹里先生はのほほんと微笑んでくれた。
「ところで、先生。あの、本当ですか? 先生が『風のカーニバル』の作者だって……」
「もちろん本当ですよ」
「じゃ、じゃあ、サインください!」
私はブレザーの内ポケットに忍ばせておいた『風のカーニバル』を差し出した。
「まぁ……!」
と先生は驚きつつ、にこやかに名前を書いてくれた。
『五木一里 蟹場理音さんへ』
樹里先生らしくない、達筆で力強い文字だった。
「あああ、ありがとうございます……!」
「喜んでくれて嬉しいわ」
私が感動に打ち震えていると、また次の連絡が来た。
「あっ、先生、それじゃ失礼します。明日はよろしくお願いします!」
「はい、よろしくね」
私はまた、エレベーターへ駆けていく。
そして。
いよいよ、文化祭当日がやってきた。
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