第31話 大掃除

ステージの下見を終えた私達は、食堂へ向かった。佐伯さん達とそこで待ち合わせしているのだ。


「すごいな、ここ」


食堂に入ると、部長さん達は驚いてきょろきょろした。広いし、綺麗だし、中庭もあるし、やっぱりみんな驚くんだ。

でも中庭はまだ草だらけだ。掃除しないといけない。

宴会場や客室も一見綺麗なようだけど、座るとほこりが服につく。目立つ汚れはないけど、どこもかしこも掃除は必要だろう。


佐伯さんの方はとっくに説明を終えていた。全員そろったところで、私は言った。


「今日集まってくれた、全38団体の皆さん。お疲れ様です。突然ですが、皆さんにお願いしないといけないことがあります」


え、なに、とみんなざわついた。


「私達生徒会と、38団体の参加者全員の力が必要なことがあるんです。お願いして良いでしょうか」


いいよ会長、とか、内容によるよ会長、とか言ってくれた。

私はみんなに聞こえるよう、心持ち大きな声で言った。


「このホテル中を、大掃除したいんです!」


今日までずっと残っていた課題のひとつ、大掃除。

きっとそれは、ものすごい作業量になるはず。

だけど全38団体、200人以上もいれば、きっと短時間でできるはず!


「皆さん、お願いできますか?」


少し心配してたけど、みんな好反応だった。


「たしかにちょっとほこりっぽかった」

「私も掃除したいと思ったんだー!」

「生徒会長の頼みならやるよ!」


ありがたいことを言ってくれる。


「みんな、ありがとう! それじゃあ明日の放課後、このホテルに集まってください。……いいですよね、佐伯さん?」

「んっふっふ、むしろこちらかお願いしたいところですよ。掃除用具は地下にありますので、蟹場さんに後で教えますね」



ということで翌日、私はホテルの中庭でひたすら草むしりをしていた。曇っていて涼しかったのが幸いだ。ジャージ姿の生徒十数人と一緒に、ひたすら草を抜いていた。ときどき姫名ちゃんがやってきて、草の詰まったビニール袋を新しい袋に交換していった。


「ねえ生徒会長さん、この噴水って動かないの?」


中庭の中心にはタイルに覆われた池と噴水がある。いまはそこに草の詰まったビニール袋が積まれていた。


「うん、動くのかもしれないけど、文化祭では止めておくつもり。この周りで食べ物屋さんやるからお客さんたくさん来るだろうし、もし誰かが池に落ちたら大変だからね」

「ふぅん。なんかもったいないね」


たしかにもったいない気がする。

食べ物屋は、中庭の周囲に並んでもらう予定だ。ほぼ円形の中庭を取り囲んで……つまり、噴水の方を向いて並んでもらう。こっちの方が、お客さん達が距離を取りやすいと思ったからだ。


しかしそうなると、中央にある池は目立つくせに何の役にも立たないことになってしまう。噴水自体は小さいけど、池はそれなりに広さがあるし。


ここをなんとか、有効活用できないものか。

私は草を引っこ抜きながら、噴水のことばかり考えていた。



草を抜き終わると、出てきたのは砂利の地面だった。たぶん、元々は綺麗に砂利がしきつまっていて、庭園みたいになっていたんだろう。大小いくつかの岩があるのも、きっとそのせいだ。

でもここを食べ物屋にする以上、岩は邪魔だ。私達は全ての岩を庭の隅に寄せ、砂利を綺麗に平らにしていった。


それが済むと私達は食堂に戻った。そして窓から中庭を眺める。

中央に噴水、それを囲む砂利、周囲の細い木々と岩。

綺麗に整っている。それを確認すると、私達は両手を上げて叫んだ。


「終わったーーー!!!」


食堂で休憩してた人達が、ビクッとこちらを見た。


「めっちゃ綺麗じゃん」

「なんということでしょう、あんなに草だらけだった中庭が」

「ワビサビを感じる日本庭園に!」


私達はひとしきり騒いだあと、席に座ってぐったりした。


つ、疲れた……。


座ったことで、ドッと疲れが押し寄せてきた。もう一歩も動けない……。


「ちょっと理音会長! 汚れたジャージで座らないでください、せっかく掃除したのに!」

「硬いこと言わないでよ神流ちゃん……」


神流ちゃんは食堂担当だった。こっちはこっちで大変だったようだ。ほこりを掃除するだけじゃなく、新しいテーブルクロスを地下の倉庫から持ってきて掛け直したりしたらしい。


「せめて軍手はこれに入れてください」


と、神流ちゃんがビニール袋を出してくれたので、私達は汚れた軍手を投げ入れた。


神流ちゃんがそれを捨てに出ていくと、食堂は、しん、と静まり返った。


中庭の掃除が終わり、食堂とロビーの掃除も終わっている。みんな疲れ切って動いていないので、物音が全然しない。


この広い食堂で、たくさんの人がいるのに、音がしないのは不思議な光景だった。


文化祭当日もこうなるんだろうか。ここでお客さんがみんな黙食していたら。


いや、そうはならないか。食べる音はするし、焼きそば焼いたりたこ焼き作ったりする音もする。呼び込みの声も聞こえるだろう。完全に静かとはならない。

それでも、他の部屋に比べて、静かな部屋になることだろう。


大人達は言う。黙って食事している私達を見て、「寂しそう」と。

正直、全然ピンと来ないけど、この光景を見ると少しだけわかる気がする。人がいっぱいいるのに誰も会話していない空間というのは、たしかに違和感がある。


それに文化祭ってのは、どこを見ても賑やかなものだ。『風のカーニバル』ではそうだった。ならばこの食堂も賑やかにしたい。たとえ誰も喋っていなくとも。

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