第20話 的君について

的君はあんまり喋らないけど、なぜだかみんなに好かれている。たぶん、優しくて力持ちで、色々手伝ってくれるからだろう。


「えっ、今年の文化祭は、学校でやらないの?」


的君は陸上部の部長さんに、文化祭の話をしていた。その両脇には、陸上のハードルが6個も抱えられている。ちなみに私は1個だけ、引きずるように運んでいた。


「生徒会長さん、それ引きずらないで」

「は、はい〜、すみません〜!」

「で、的君、学校でやらないならどこでやるの?」

「場所はまだはっきりとは決まっていない。いま理音会長が、安い場所を探してるところだ」


さっき国枝先生に言われたことを、的君にはもう話してある。的君は息を切らしている私をちらりと見たあと、部長さんに視線を戻した。


「それでいま、各部活動に参加するかどうか聞いて回っているところだ。この間みたいに署名で聞いてもよかったが、こっちの方が早そうだったからな」

「こっちも聞きに来てくれた方が答えやすいよ。でもそうだなぁ、私も文化祭はやったことないし……去年の三年生の先輩が言うには、たこ焼き屋とかやってたらしいけど」

「出店するか?」

「……うん、そうだね。出るよ。うちってほら、結構良い成績出してる割に部員少ないからさ。少しでもアピールしたいんだ」

「わかった」

「ちなみに、出店内容とかって、いつ申請すればいいの?」

「いつだ、会長?」


的君が振り返る。私はひぃひぃ言いながら、二人の10メートルくらい後を一生懸命ついて行っていた。


「ええと〜……まず先生たちの許可を取らないといけないから、早くても来週〜」

「えっ、まだ許可取れてないの? この間の署名は?」

「そ、それは……ちょっと色々ありまして……。でも! 来週には許可が下りるはずだから!」

「ふぅん? まぁいいよ、わかった」

「許可が下りたら、すぐに告知するから〜!」


もはや大声で言わないと通じない距離だった。ああ、二人がどんどん先に行く……。



それからも色んな部活を片っ端から周り、的君は一つ手伝いをしながら文化祭のことを伝えていった。そして、参加希望や出店の内容をメモしていく。


「今日はこのくらいにするか」


と的君が言ったのは、完全下校時刻の午後6時になった頃だった。


「的君はすごい人気だねぇ……そしてすごい体力だね」


ぴんぴんしている的君に対し、私は疲れ果てて廊下に座り込んでいた。


「人気? そうか?」

「そうだよ。みんな的君の顔見知りみたいだったし、的君も気軽にみんなを手伝うし……びっくりだよ」

「……」


的君は黙って私に手を差し出した。私はごく自然にその手をつかんでいた。的君は私の手を優しく引っ張って、立たせてくれた。


「俺は人助けがしたいだけだ」

「すごいじゃん」

「大したことじゃない。それに理音会長もすごいと思う。ほとんどの部長と今日が初対面だったのに、すぐに打ち解けて会話ができていた」

「それってそんなすごいこと?」

「そうだ。少なくとも俺にはできない」


そうかな。私は的君の手を握ったまま、首を傾げた。


「あ、あ、あぁっ……!」


そのとき、妙なうめき声が聞こえた。二人で声の方を見ると、固まっている燈と震えている姫名ちゃんがいた。


「て、て、て、手をつないでる〜!! 的先輩が理音会長と手をつないでる〜! ふ、二人ってそういう関係だったんですか!?」

「え? あっ」


私は的君の手をパッと離した。


「ち、違うよ! そういうんじゃないよ! これはいま、立たせてもらっただけで!」

「わたし、てっきり理音会長は燈先輩と好き合ってると思ってたのに!!」

「なんで!? 全っ然好きじゃないよ、燈なんて!」

「!?!?」


なぜか燈が膝から崩れ落ちたけど、私は姫名ちゃんの誤解を解くのに必死でそれどころじゃなかった。

燈は、的君が立たせてくれた。

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