第19話 神流ちゃんについて

国枝先生が出て行ってから、私は生徒会室でずっと外した眼鏡をいじっていた。


「……さっきから何してるんですか?」


神流ちゃんが作業の手を止めた。


「反省してる」

「何をです?」

「たしかに軽率だったなぁって。ダメって言われたのに自分たちで文化祭をやる気になって、知らない大人にも会って」


もしかしたら今頃、危ない目に遭ってたかもしれない。私がみんなを危険な目に……。


「ま、でも結果的にうまくいったし、別に良いよね! 反省終わり!」

「えぇー……」

「それに、電話するよう焚きつけて来たのは燈だもんね!」

「そうでしたっけ?」

「燈って、いっつも私の言うことに最初は反対するくせに、あとから協力的になるんだよね」

「へぇ、助けてくれるんですね」

「うん。なんであんなに助けてくれるんだろう?」

「は?」


神流ちゃんは、信じられない、という目をした。


「本気で言ってるんですか?」

「本気だけど」

「そうですか……燈先輩は不憫ですね」

「え、なんで?」

「自分で考えてください」


えー、いじわるー。


「そんなことより理音会長。ひとつ、気になるものを見つけました」

「え、なに?」

「ここ、見てください」


神流ちゃんが資料の一ページを私に見せた。私は眼鏡をかけて、数字に目を凝らす。どれどれ……。


「ここ、四年前の修学旅行の予算です。三年生約百人がホテルに一泊しただけで、百万かかってます」

「ひゃくまん!? 一泊で!?」

「はい。しかも貸し切りじゃありません。ってことは、あの鎌倉のホテルを二日間貸し切って九十万は、あり得ないくらい安い値段なんです」


佐伯さんの不思議な笑顔が脳裏に浮かんだ。


「私、もしかして騙されてる?」

「騙されてるかどうかはわかりませんが、おそらく、あれより安く借りられる場所はありません。国枝先生も、それはわかっていたはずです」

「なのに、他に安い場所を探せとか、値切れとか言ってたの?」


国枝先生、なんでそんなことを……。

まさか嫌がらせではないだろう。でも、だとすると考えられる理由は、うーん……。


「深く考える必要はないと思いますよ」

「へ?」

「国枝先生は、これより安い場所を『探せ』とは言ってません。『調べろ』と言っただけです。つまり、ここが一番安いホテルだってアピールすればいいんですよ」

「ほえー」


発想の転換ってやつだ!


「神流ちゃん、よくそんなこと思いつくね!」

「別に、普通のことです」

「いやいや、すごいよ。そもそもこんな分厚い資料を読もうって思えるのがすごい」

「そんなことは……」


神流ちゃんは目を泳がせている。照れてるみたいだ。


「パ……父が家でたまにこういう仕事をしているので、真似してるだけです」

「お父さん? 何の仕事してるの?」

「県議員です」

「けんぎ……えっ、政治家!?」

「はい。母も同じ仕事を」

「政治家一家だ!」

「そうなりますね。だからあたしも生徒会に入ったんです。政治みたいな仕事がしたくて」

「そうだったんだ。あ、だから小学校のときもクラス委員だったんだ」


すると、神流ちゃんは目を丸くした。


「覚えてたんですか?」

「もちろん」


私と神流ちゃんは、小学校が同じだ。私も小学生のときに何度かクラス委員をやっていて、「クラス委員の集まり」のときに神流ちゃんの姿を見ていたんだ。

でも、会話したことはなかった。会議のときによく喋る子がいるなぁ、と思っていただけだ。さらさらのツインテールで、ハキハキしゃべって、とても目立つ子。それが神流ちゃんだった。

ちなみにそのとき、燈も一緒にクラス委員をやっていた。理音のサポートだ、って言ってたけど、あんまり役には立ってなかったかな。


「運命的な再会だと思ったけど、会うべくして会ってたんだね」

「そうですね」


神流ちゃんはなんだかそっけなく答えた。


「それじゃ、私はみんなの様子を見てくるね。神流ちゃん、あとはよろしく」

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