第16話 方針転換

帰り際、私は五十嵐さんに聞いた。


「あの、佐伯さんがよくジュヨウがどうとか言ってますけど、ジュヨウってなんですか?」

「需要? そうね、簡単に言うと、みんながその商品をどのくらい欲しがっているか、ってことですね。佐伯は今回の件を、需要拡大につなげようとしてるんですよ」

「需要拡大ってなんですか?」

「需要を広げること。つまり、風祭中学さんだけじゃなく、他の中学や高校にもホテルを使ってもらおうと考えているんですよ」


うち以外にも?


「そんなことできるんですか?」

「ええ。今回の件が成功すれば、他の学校も注目するはずでしょ? そしたら、文化祭を開催したい学校から、我が社に連絡が来るはずですから」


え、それって……それってまさに、私がやりたかったことじゃない!?

いま、全国の中学で文化祭が中止になっている。私はその状況を変えたいと思っていて、でも具体的にどうすればいいかは全然わかってなかったわけだけど……私達が成功させれば、それでいいんだ!


「じゃあ、世界を変えられますか!」

「ええっ」


私達が成功させれば、日本中の中学で文化祭が復活する! その可能性が見えてきて、私は興奮していた。

すると、燈と話していた佐伯さんが笑い出した。


「はっはっは! 面白いこと言いますね、蟹場さん」

「わ、私は本気です! 日本中の中学で、文化祭を復活させたいんです!」

「んふふ、笑ってすみません。そうですね、世界は難しいですが、神奈川くらいなら変えられるかもしれませんね。弊社は神奈川中の物件を扱ってますので」


世界と比べると、なんとも規模の小さい話だ。でも、小さなところから一歩一歩進めていくのが正しいやり方かもしれない。


「どうしたら世界を変えられますか?」

「さぁ、どうでしょう……そんなこと、考えたこともありませんね」


そんな話をして、佐伯さんたちとは別れた。



家に帰ってから、私達はZoomで話し合った。議題はもちろん、先生の説得についてだ。


「法律で決められている以上、私達がどんなに頑張っても、私達生徒だけで文化祭を開催することは不可能。だから、なんとかして先生たちを説得しなきゃいけないけど……」

『署名作戦は失敗した』

「うん。だから誰か、他に良いアイディアはない?」


燈も神流ちゃんも姫名ちゃんも、何も言わなかった。

でも、的君がゆっくりと話してくれた。


『ずっと感じていたんだが、先生達が一番気にしているのは、感染症対策なんじゃないか? 生徒がやりたがっているかどうかは、あまり関係がない気がするんだ』

『あ、そ、それは私も、ちょっと思いました。先生達、署名の人数やメッセージを全然聞いてないなって感じだった』

『聞いてないかどうかはわからなかったが……校長先生は、感染症対策の質問ばかりしてきた。それに保健室の森本先生は、俺達が文化祭をやりたがっているのは十分にわかっていて、それでも感染症が心配だから開催できない、と言っていた』


保健室に聞きに行ったときの話だ。あの場には私もいて、樹里先生がそう言っていたのは覚えている。


『つまり先生を説得するために俺達がするべきなのは、生徒達の声を集めることじゃなくて、感染症対策が完璧だと納得させることなんじゃないか?』


普段あまり喋らない的君が長々としゃべるとき。それは、考えに考え抜いたときだ。だからそのときは、どんな質問にも答えられる。


「どうやったら納得させられるの?」

『一つは、黙食を守らせることだ。その点から考えると、今日のホテルは都合がいい。食べ物屋を全部、食堂か中庭で出させればいいからだ』

「なんで?」

『食事はすべて、食堂だけで食べられるようにするんだ。そうすれば監視がしやすい。喋っている人がいたらすぐに注意できるだろう? しかも、監視する人は一人でいい』


本当だ。

そ、そうか、食堂で展示しよう、なんて考えてる場合じゃなかったんだ。私が浮かれている間にも、的君はしっかり考えててくれたんだ。私は恥ずかしくなって、眼鏡をかけ直した。


『そういう点では、あの防犯室もいい。あそこで見張って、マスクをしていない人や食べ歩きをしている人を見つけたら、すぐさま誰かが駆け付けられる。あの広いホテルを、少ない人数で見張れるだろう?』

『……的君の言う通りだ』


燈も恥ずかしげだった。


『その方針で良いと思う。理音はどう?』

「うん。私もそう思う。姫名ちゃんと神流ちゃんは?」


二人とも、的君の意見に賛成だった。

冷静に考えてみれば、的君の言う通りなのだ。なぜ学校が文化祭をやらなくなったのかと言えば、コロナが流行したから。だったら逆に言えば、コロナの心配さえなければ、文化祭はできるのだ。


「問題は、どの程度まで対策すれば先生たちが納得するのかだけど……」

『そこは僕達じゃ判断しようがない。できる限りのことをやってぶつけてみる他ないだろうね。そうと決まれば、理音、あとで佐伯さんに連絡して、あのホテルの感染症対策について資料を送ってもらってよ』

「うん、わかった」

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