第15話 予算

建物を借りるにはお金がかかる。当然のことだ。中学生の私達は、そんなことは常識として知っていた。

にもかかわらず、私達はいまこの瞬間まで、そのことを完全に忘れていた!


「えっと……そう、ですよね。お金、かかりますよね……」

「……ないん、ですか?」


佐伯さんも気まずそうだった。


「その、逆に聞きたいんですけど、いくらくらい必要なんですか?」

「何日間使うかによりますね。文化祭は二日間ですか?」

「文化祭はそうですが、準備を含めると一週間くらいは借りたいです」

「そうなると……」


佐伯さんは眉間を揉んだ。


「ここは当社直轄ちょっかつの物件ですし、既に廃業したホテルです。風祭中学さんとは今後もお付き合いできそうですから、なるべくお安くしたいところですが……一週間ともなると、三百万くらいはかかるかと」

「さんびゃくまん!?」


そんな大金、用意できるはずがない。

燈がすかさず聞いた。


「二日ならどうなりますか? 準備一日、本番一日の日程でやる場合は」

「だいたい三分の一ですから百万……いえ、九十万にします」


どっちにしろ大金だ。私達にはとても払えない。

やっぱり生徒だけで文化祭をやるなんて無理なのかな……中学生じゃバイトもできないし……。


私達が諦めかけたとき。神流ちゃんが堂々と言った。


「それなら払えます」

「神流ちゃん!?」

「理音会長、知らないんですか? 生徒会予算には、文化祭費用として百万円用意されているんですよ」

「えっ!?」


知らなかった。そういえば、生徒会に入ったときに見せられた資料の中に、予算がどうとかいう資料もあったような……。

神流ちゃんは会計として、ちゃんとその内容を覚えていたんだ。え、偉すぎる……。


「で、でも、普段の文化祭で、そんなにお金使うの? 建物借りたりしないのに」


姫名ちゃんが聞いた。言われてみればそうだ。


「クラスTシャツとか、食べ物屋の材料費に使っているみたいよ。文化祭って、私達が一円も出さなくても開催できるみたい」


そ、そうだったんだ。でも、そうなると……。


「建物に九十万使うなら、他のものはほとんど、私達がお金を出しあって作る必要があります。もしくは、残りの十万だけでなんとかするか」


私達は考え込んでしまった。


「お金を出しあえるなら、問題ないんじゃないかしら?」


私達を見かねて、五十嵐さんが提案してくれた。


「できるなら、の話ですけど。あなた達の学校は、何人生徒がいるの?」

「三百人くらいです」

「なら、一人千円払えば三十万になるわ。それと残りの十万を合わせて四十万。普段の半分弱だけど、なんとかなるんじゃないかしら?」

「千円……」


私の一か月のお小遣いが三千円。出せない金額じゃないけど、みんながみんな出せるとも思えない。


「ご予算についてはわかりました。こちらとしてもなるべく安く提供できるように頑張ります。それともう一点気になるのですが……」

「は、はい、なんでしょう……」

「今日は先生がお見えになりませんが、先生のご協力は……」

「いえ、私達生徒だけで文化祭をやろうと思ってます」

「……」


佐伯さんはまた眉間を揉んだ。


「だ、だめですか?」

「……本当に申し訳ないですが、これだけは我々ではどうしようもないんです。というのは、物件を貸し出すには契約が必要ですが、十八歳未満では契約できないんです」

「えっ、どうして……」

「法律で決まってるんです」


法律。

それはもう、本当にどうしようもない。

ってことは、どうあがいても、先生たちの許可が必要ってこと?


佐伯さんは眉間を揉みながら、独り言を言った。


「しかし、この需要は欲しい。これがもしうまく行けば、大幅な……そのためにも……うん」


そして佐伯さんは、笑顔になった。


「ふふふ、そんなに深刻にならないでください。先生を説得すればいいんですから」

「既に一度やって、失敗してるんです……」

「おやそうですか。では私が説得しましょうか?」

「えっ!?」


そういう手もあるのか。


「ど、どうする、燈?」

「大人同士の方が話はうまく行くかもしれないけど……理音はそれでいいの?」


どうだろう。佐伯さんに説得を任せてしまうと、「生徒の」文化祭って感じじゃなくなりそうな予感がする。


「いえ、先生の説得は私達がします」

「ふふふ、そうですか」


佐伯さんは嫌な顔ひとつしなかった。


「では、お手伝いだけさせてください。我々としても、風祭中学さんとはぜひ仲良くしたい。もし説得に必要な材料があれば連絡してください。いくらでも資料を提供しますので」

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