第13話 ファミリーホテル 鎌倉

うわっ、広い! おしゃれ!

中に入った私は、興奮して飛び上がりそうになった。


入ってすぐの場所は、広いロビーだった。床にはふかふかのじゅうたんが敷かれ、吹き抜けの天井には大きなシャンデリアが下がっている。待合室も兼ねていて、3~4人は座れそうな大きなソファが何脚か並べられ、その前に電源の入っていないテレビが置かれていた。

前の方には横長の受付カウンターがあって、営業中は賑やかだったんだろうなと想像させられる。順番待ちのための、一人用の四角いソファがいくつも並んでいた。


「ご覧の通り、電気も水道もまだ通っています。ガスは止めてありますが、必要であれば通せます」


佐伯さんの話によると、ここはもともと、家族向けに建てられたホテルだったらしい。ところがコロナで旅行客が減り、半年前に潰れてしまったそうだ。だけど「壊すのにもお金がかかる」ので、こうして建物だけはそのまま残っていた。


「いいソファね。ふかふかだわ」


神流ちゃんは勝手に、大きなソファに座っていた。


「あ、大麦さん、埃まみれですから座らない方が」

「え? きゃっ、本当だ」


あーあ、制服が埃まみれだ。神流ちゃんは自分のお尻をはたいた。


「言ってくださいよ、先に」

「いや、んふふ、すみません」


佐伯さんは困ったように笑っていた。

燈は床やソファを見ながら、


「こっちでも、掃除は必要そうだね」


と言った。


「佐伯さん、写真撮ってもいいですか?」

「ええ、どうぞどうぞ、ご自由に」


燈はiPadを色んなところに向けて写真を撮り始めた。


「こっちは食堂です」


佐伯さんがロビー横の大きな扉を開けると、ロビーよりさらに広い部屋が現れた。おしゃれで、明るくて、綺麗な部屋だ。

丸いテーブルと椅子が、ずらっと並んでいる。奥の方にはキッチンも見えた。かつてはここで多くの人が食事をしていたんだってのが、自然に想像できた。


さらに、一方の壁はガラス張りになっていて、中庭が見えた。そんなに広くはないけれど、水の出ていない小さな噴水と、細い木が何本か生えていた。けど、一番多いのは雑草だ。たぶん、あそこも掃除されてないんだろう。


「あそこも、元は綺麗なお庭だったんだけどね」


と五十嵐さんが教えてくれた。


「私達で掃除したら、使ってもいいですか?」

「もちろんですよ」


私の頭の中に、色々なイメージが浮かんできた。

食堂は、体育館くらいの広さがある。ここで演劇部の演劇や吹奏楽部の演奏をやってもいい。それか仕切りの壁をいくつか用意して、美術部の展示をしてもいいだろう。できることはたくさんある。


中庭は何に使えるかな。園芸部の展示かな。屋台みたいなのを出してもいいな。


想像するだけでワクワクしてきた。この部屋だけで、どんなことでもできそうだった。


「食堂の他に、宴会場も二つありますよ」


宴会場ってのは、和風のパーティ会場みたいなものだった。教室二つか三つ分くらいの部屋に、畳が敷き詰められている。部屋の隅に座布団が積み重ねられていた。押し入れの中に、和室用の小さいテーブルもあると教えてくれた。


しかもしかも、こっちには食堂と違って、ステージがあった! ステージと言っても、畳から三十センチくらい高いだけの場所だけど、それでも立派なステージだ。ちょっと狭いけど、演劇ならこっちでもできそうだ!


「あのスピーカーって使えるんですか?」

「はい、もちろん。マイクも照明もありますから、軽音楽部のライブもできますよ」

「和室でライブて」

神奈ちゃんは不満そうだったけど、

「ある意味ロックでいいじゃないか」

と燈は気に入っていた。


「それから、あそこにプロジェクターもあります。ステージの後ろの壁に映像を映せるので、映画部の上映会とかもできますよ」


佐伯さんが天井を指差したので、私達はそろって顔を上げた。天井に白い箱状の装置がぶら下がっている。


「ステージ系の出し物は、全部ここで良さそうだね」


燈は満足そうにうなずいていた。

ステージの出し物といえば、文化祭の花形のひとつだ。うちの学校で出そうな部活は、吹奏楽部、軽音楽部、映画部、演劇部、あとは合唱部やダンス部かな。まだあるかもしれない。

本来なら体育館でやることだけど、これはこれで、観客との距離が近くて盛り上がりそうだ。

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