第11話 KNGビルディング

「え、本当にしなきゃだめ?」

「だって、勝手に使うわけにはいかないじゃないか。許可は取らないと」

「一日くらい待たない? 心の準備が」

「善は急げだよ」


こういうとき、燈は妙に積極的になる。私が突っ走ろうとするときはいつも止めるくせに、逆に私が戸惑ってるときは無理やり背中を押してくるんだ。

でも、少し助かる。私も、本心でいえばここを借りたいし、そのために管理会社に電話しなきゃいけないことは理解している。そのための勇気を燈はくれる。

思えば、燈が背中を押してくるときは、いつもこういうときだ。私が、本当はやりたいと思っているとき。

なんだかんだで、私をよく見て、私の味方でいてくれる奴だ。


「わかった、じゃあ、電話するよ?」


私は覚悟を決めた。神流ちゃんのスマホを握りしめ、番号を叩いていく。

ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポ。


最後の数字を叩いて、耳に押し当てた。

数秒で、コール音が鳴った。そしてコール音は、数回で終わった。


『お電話ありがとうございます。株式会社KNGビルディング、総務部、五十嵐です』


ソウムブってなに??

女性の、大人の声がした。当たり前だ、子供が出るはずがない。会社なんだから。

待って、向こうもこっちが大人だと思ってるんじゃない? どうしよう、大人っぽく振る舞うべきかな。いやいや、そんな必要はない。中学の文化祭を生徒達でやりたいです、と伝えるんだから。まずは私の名前を言わないと……。


『あの……?』


私が黙ってたせいで、五十嵐さんが心配して声をかけてきた。ま、まずい。


「あっ、えっと、わ、私、蟹場理音と……えっと、風祭中学の蟹場理音と言います!」

『蟹場様ですね。どのようなご用件でしょうか?』

「えっと、私達、文化祭を開催したくて、それで、そちらの建物を借りられないかと」

『文化祭を……?』


電話の向こうの五十嵐さんは、明らかに戸惑っていた。


『あの、すみません、蟹場様は中学の先生ということでよろしいですか?』

「あ、いえ、生徒です! 生徒会長です!」

『……』


五十嵐さんは黙ってしまった。


「あの……?」

今度は私が声をかける番だった。


『あ、すみません。ちょっと整理させてください。ええと、蟹場様は、風祭中学の生徒さんで、生徒会長ということですか?』

「はい、そうです」

『風祭中学というのは、神奈川県内の中学ということでよろしいですか?』

「はい、横浜市にあります」

『それで、文化祭を開催したい、と』

「はい」

『……文化祭は普通、学校でやるのでは……?』


ごもっともです。


「それが、事情がありまして……」


私は、これまでのことを軽く説明した。

学校で文化祭が中止になっていること、先生達を説得したけど失敗したこと、自分達でやろうと思い至ったこと。


『なるほど、コロナで……。それは、なんというか、お気の毒なことで……』

「だから、そちらが管理しているデパートで、文化祭をやりたいんです」

『そうですか……う〜ん……。ちなみに、どこを使うかは決めてあるんですか?』

「はい、えっと……」


ここはどこなんだ。私は姫名ちゃんを見た。


「ここ、どこ?」

小声で聞く。


「ここです」

姫名ちゃんはスマホのマップを見せてくれた。


「七夕小学校の近くにあるデパートの廃墟です」

『七夕小学校、デパート……』


電話の向こうから、パソコンのキーボードを叩く音が聞こえる。


『あ、わかりました、ここですね。では担当の者に繋ぎますので、少々お待ちください』

「えっ」


電話から音楽が流れ始めた。タントウノモノ? 別の人が出てくるってこと?


「どうなった?」

みんなが興味半分不安半分で私を見る。

「担当の人に繋ぐって……」

「じゃあ借りられるんですか!?」

姫名ちゃんがリボンを揺らす。

「どうなんだろう? まだよくわからない……」


1分くらい経ってから、ようやく電話から声がした。今度は男の人だった。


『お電話変わりました、営業部の佐伯です』

「あっ、あの、風祭中学生徒会長の蟹場理音です」


営業部なら知ってる。なんか、売り込みする人だ。

佐伯さんはお笑い芸人みたいな声の人だった。聞いてるだけで、不思議と笑いそうになる声だった。


『蟹場さん、どうも初めまして。五十嵐から伺いました、文化祭をやるのにうちの物件を借りたいと』

「は、はい、そうです」

『いや驚きましたよ、中学生から電話をもらうのは初めてでして。蟹場さんが自分で電話しようって思ったの?』

「ええと、まぁ、そんな感じです」

『いやぁすごいなそれは、ふふふ』


佐伯さんはなにやら愉快そうだ。私も釣られて笑ってしまった。


『で、借りたいのがあそこだよね、七夕小の近くの……』

「はい、古いデパートみたいなところです」

『平坂屋さんのところだよね。平坂デパートがあったところ』


平坂デパートってのは、有名な高級デパートだ。行ったことはないけど、名前は知ってる。

え、そのデパートがここにあったの?


『しかし驚いたな、こういう需要じゅようがあるのかぁ……』


佐伯さんは独り言のように呟いた。ジュヨウってなに?


「それで、借りられるんですか?」

『う〜ん……』


あ、だめっぽい空気が出ている。


『残念だけど、難しいね』

「どうしてですか!?」


まただめなのか。せっかく姫名ちゃんが提案してくれたのに。


『その建物はね、老朽化が進んでるんだよ』

「老朽化……古いってことですか?」

『そう。もうね、いつ崩れてもおかしくないような状態なの』

「え」


私は思わず、建物から一歩離れた。


『文化祭ってことは、大勢の人が入るんでしょ? それは無理。床が抜けるね』

「な、なんでそんな建物を、そのままにしてるんですか?」


直すか取り壊すかすればいいのに。

すると佐伯さんは苦笑した。


『ふふふ。蟹場さん、建物ってね、壊すのにもお金がかかるんだよ。だから次の買い取り手が見つからない限り、壊すに壊せないの』


よくわからないけど、買う人がいないと壊せないらしい。


「じゃあ、ここでも文化祭はできないんですか……?」


話を聞いていた生徒会メンバーたちが、表情を曇らせた。


『うん、そこでは無理』

「……」


あまりにはっきり言われて、私はなにも言えなくなってしまった。

しかし、佐伯さんは明るく続けた。


『だけど、もっといい物件がある。そこから少し離れてるけど』


佐伯さんは、その場所について教えてくれた。

それからさらにいくつか話した後、私は電話を切った。


「どうなったんだ? 最後、何の話をしていたんだ?」


私は神流ちゃんにスマホを返しながら答えた。


「違う場所を貸してもらえるかもしれない。来週、見に行くよ」

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