第7話 説得

その日はすぐにやってきた。次の日、私は先生たちを説得することになった。


対面ではなかった。自分の部屋から、Zoomで繋いで話すことになった。

Zoomっていうのは、iPadとかで使える通話アプリだ。カメラで顔を映しながら会話ができる。普段はリモート授業で使っているアプリだけど、今日は先生ではなく私が話す立場だ。


時間が近付いてきて、画面に続々と先生たちの映像が増えていく。

対面じゃなくてよかった。この人数を前に喋るのは、さすがに緊張する。Zoomなら画面越しだから、そこまで緊張しない。


『では時間ですから始めましょうか』


国枝先生の生真面目な声がiPadから聞こえた。


『蟹場さん、緊張していませんか?』

「はっ、はい! 大丈夫です!」

『それはよかった。では始めましょう。えー、生徒会顧問の国枝です。みなさん、本日は生徒会にお時間を取ってくださり、ありがとうございます』


国枝先生が堅苦しいあいさつをしている間に、私はひとつ深呼吸をした。大丈夫、何を話すかは、昨日のうちに5人で話して決めている。その通りに話せば良いだけだ。

それに、燈たちもこのZoomに参加している。困ったときはみんなに頼ろう。


『では蟹場さん、続きをよろしくお願いします』

「はいっ!」


国枝先生のあいさつが終わった。私は眼鏡をかけ直すと、iPadの画面に向き合った。


「こんにちは、生徒会長の蟹場理音です。本日は、先生方にお願いをしたくて、集まっていただきました。そのお願いとは、文化祭を開催することです」


私は熱く語った。今の三年生は一度も文化祭を体験していないこと。このままだと一度もやらないまま卒業してしまうこと。


「その不安は、私たち二年生や、一年生にもあります。コロナがいつ終わるかわからないため、来年、再来年に文化祭ができる保障はないからです。そこで私は、せめて今年だけでも文化祭を開催したいと思いました。それは私だけでなく、多くの生徒が同じ思いです」


話しながらiPadを操作した。先生たちの画面に、集まった署名を映した。


「私たちはこの一週間、署名活動を行なっていました。その結果は、ご覧の通り、140人分もの署名が集まりました」


目標の150人には、少し足りなかった。だけど、ほとんど半分だ。


「メッセージも受け取っているので、いくつか読み上げます。

『文化祭も運動会もまだやっていない。このままだと、卒業式もできないかもしれない。せめて文化祭だけでもやってほしい』

『昔、お兄ちゃんがやってる文化祭に参加したとき、とても楽しかった。だから、自分でも文化祭ができるのを、すごく楽しみにしていました』

『せっかく演劇部に入ったのに、公演がすべて中止になっている。みんなの前で演劇をしたいから、文化祭をやってほしい』」


読むメッセージは、5人で選んだ。なるべく先生たちが同情してくれそうなやつを探したんだ。

全部読むと多くなるから、数人分読んだところで、画面を戻した。私の顔が先生たちに見えるようになったはず。


「私自身も、文化祭はとても楽しみにしていました。小学生のときに読んだ『風のカーニバル』という小説が理由です。その小説は中学校の文化祭を舞台に、二日間で起こった様々なハプニングを生徒たちが協力して解決していく様子が描かれています。それがとても楽しそうで、私はずっと憧れていたんです。ですからどうか、文化祭の開催を、許可していただけないでしょうか?」


私は画面に向かって頭を下げた。生徒会メンバーもみんな、一緒に頭を下げる。


こんなに長々と真面目に喋ったのは選挙以来だ。先生たちに、ちゃんと熱意は伝わったんだろうか。

顔を上げると、先生たちは腕を組んで考え込んだり、難しい顔をしたりしていた。保健室の樹里先生だけは明るい顔をしているけど、他の先生は全然だ。今の話じゃ、だめだった!?


『熱意は、伝わりました』


そう切り出したのは、なんと校長先生だった。


『私たちも、文化祭をやりたいとは思っています。蟹場さんが言った通り、今年の三年生は文化祭も運動会もできていない。あまりにも可哀想だと、先生たちはみんな思っています』

「それじゃあ……!」

『でも、世の中には熱意だけではどうにもならないことがあります。コロナも、そのひとつです。文化祭のように、学校の内外から多くの人が集まるイベントは、感染の可能性が非常に高くなります。仮に文化祭をやるとして、蟹場さんはどういうコロナ対策を取るつもりでいますか?』

「それは……受付とか色んなところにアルコールを置いて、こまめに消毒してもらいます。あと、食事のときは黙食をお願いします」

『イベントでは、みんなテンションが上がります。黙食をお願いしても、守らない人も多くいるでしょう』

「文化祭実行委員を集めて、飲食店を見回ってもらいます」

『しかし、常に見てはいられないでしょう? 例年、飲食店は20ほど出ます。それに、食べ歩きもするでしょう。それをすべて見回るのに、何人くらい必要だと思っていますか?』

「えっと、それは……わ、わかりません」


私はしどろもどろになってしまった。思わず燈の画面を見たけど、あいつも頭を抱えていた。


スピーカーから、先生たちのため息が聞こえてきた。校長先生は困ったような顔になったあと、静かに言った。


『悪いけれど、やっぱり文化祭は、できそうにありません』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る