第5話 調べよう

署名の期限は、約一週間とした。10月3日火曜日までに集まった署名を、先生たちに見せに行く。


でもその前に、コロナ対策も調べておかないとね。

インターネットで調べればすぐに出てくるだろう。簡単な話だ。


私は家のリビングで、iPadを操作していた。私は自分用のスマホもパソコンも持ってないから、学校でもらったiPadを使うしかない。

姫名ちゃんとか燈とかは、自分用のパソコンを持ってる。文化祭のポスターも、パソコンで作ったものだった。

生徒会でスマホを持ってるのは、姫名ちゃんと神流ちゃんだけかな。燈も持ってないんだよね。


でも、それで不便はなかった。iPadがあれば、今の私には十分だ。

さて、早く調べないとね。


……。


しばらく調べてから、私は眼鏡を外した。目を閉じて、眉間を揉む。

目が疲れた。いや、頭が疲れた。


だって、どれが正しい情報なのか、全然わからない!


例えば、空間除菌というものがあるとわかった。

ナントカっていう成分を空気中に放出して、ウイルスをやっつける方法だ。これを全ての教室で行えば、安全に文化祭ができる!

……と思ったら、この方法は間違いだと書いてるページも見つけた。これの成分は「ウイルスに効くという根拠がない」上に、「人間にも毒」なんだって。


他にも色々な方法が見つかった。だけどどれも、さらに調べると「効果がない」か「人間にも危険」かの、どちらかだとわかった。

結局、一番確実な方法は、手洗いうがいと、アルコール消毒だけみたいだった。


でも、たったこれだけで、安全に文化祭ができるのかな?

もしそうなら、とっくに開催しててもよさそうだけど……。


不安だ。他のみんなは、どうやって調べているんだろう?



次の日も登校日だった。

私はクラスのみんなに、質問攻めにあった。

文化祭は11月のいつやるのか、もう準備始めていいのか。

あと「他のクラスの友達にも教えて、広めてもらったよ」って報告ももらった。

私が思う以上にみんなノリノリで、私は嬉しくなった。


そして、放課後。

生徒会室に向かう途中、大きな段ボール箱を持った的君を見つけた。


「わっ、的君、どうしたのそれ」

「手伝ってる」


的君は短く答えた。


「私の荷物なのよ」


答えたのは、的君の隣を歩いていた女の人だ。名前は森本もりもと樹里じゅり先生。うちの学校で保健室の先生をしている人だ。


「職員室に届いた荷物を運ぶ途中で、藤間君に会ってね。そしたら運んでくれることになったの。助かるわ」

「いえ。俺は力仕事なら得意なので」


マスク越しでもわかるほど、的君は誇らしげだった。


的君は去年、保健委員だった。そのときもこうして、重いものを運んだり、熱中症で倒れた子を男女構わず「お姫様抱っこ」で運んだりしていた。

私が的君を生徒会に誘ったのも、それを見ていたからだ。

文化祭や運動会を開催するには、力仕事が必要だ。燈は非力だから、代わりに的君に声をかけたってわけ。

的君はやっぱりしばらく考えたあと、生徒会に入ってくれた。今は保健委員ではないけれど、こうしてたまに、手伝いをしているようだった。


「ありがとう、助かったわ」


的君は保健室まで荷物を運んだ。私もなんとなく彼と一緒に、保健室に入った。


「荷物はそこに置いていいわ」

「はい」


と、的君は棚の前に段ボール箱を置いた。


「ところで、森本先生。聞きたいことがあります」

「あら、なに?」


樹里先生は椅子に座ると、的君を見上げた。


「俺たちは、文化祭をやろうと思っています。どんな対策をすれば、安全に文化祭が出来ますか?」


あ、コロナ対策。そうか、樹里先生は保健の先生だから、こういうことに詳しいんだ。インターネットで調べるより、正確な答えが得られるかもしれない。


すると先生は、思ったよりも真剣な顔になった。私たちを椅子に座らせると、こう言った。


「あなた達が文化祭をやろうとしていることは、先生達の間でも話題になっています。クラスのグループで、署名を集っているそうですね?」

「はい」


私は正直に答えた。


「私個人としては、あなた達に文化祭をやらせてあげたい。でも、『保健室の先生』としては、許可してあげられない」

「コロナだからですか?」

「そうです。文化祭には、うちの学校の生徒だけでなく、地域の人たちや他校の生徒も来ます。色んな場所から大勢の人が集まる状況は、感染の危険が非常に高くなります」

「つまり……『文化祭自体が危険だから、どんな対策をしても安全にはならない』ということですか?」

「そうとも言えるかもしれません」

「じゃ、じゃあ、うちの学校の生徒だけでやったら、安全ですか?」

「そうねえ……感染の可能性は減るかもしれませんが」


でも、うちの生徒しか来ないんじゃ、文化祭とは呼べない。私は、色んな人に来てほしい。

私が困っていると、的君も真剣な顔で、ゆっくり言った。


「森本先生。色んな人が来ても、安全にやる方法はないんですか?」


的君にしては強引だった。文化祭に乗り気じゃないのかなと思ってたけど、そんなことなかったみたいだ。


「難しいわねぇ。一つ言えるのは、全員にルールを守ってもらわないと不可能だってこと」

「ルール?」


すると先生は、指折り数え始めた。


「食事中以外は常にマスクをする。食事中は喋らない。手洗いとうがいをする。アルコール消毒する。一週間前から毎日検温し、37℃以上の発熱があれば参加しない」


全部で五つ。


「少なくとも、このくらいは参加者全員にやってもらう必要があります」

「それを呼びかければいいってことですか?」

「それだけじゃなく、あなた達生徒会は、みんながルールを守るように徹底しなくてはいけません。あなた達がどれだけ努力しても、参加者のうち誰か一人でもルールを破れば、全員を危険にさらすことになります。常に学校全体に目を光らせる必要があるんです。できますか?」


……それは気付いていなかった。

そうか、私達が対策するだけじゃダメなんだ。参加する人みんなに、同じように対策してもらわないといけないんだ。

うちの生徒は300人。校外からのお客さんも、同じくらい来るだろう。

その全員にルールを守ってもらわなきゃいけない。どうしたら、そうできるだろう。

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