第2話 世界が変わる
私が好きなのは、読書とお祭り。
正反対の趣味だなって思う。
読書は一人ですることだ。図書館とか自分の部屋とかで、一人きりで本の世界に没入する。その間はとても静かで、誰とも話さない。
お祭りはその逆で、たくさんの人と一緒にやる。お神輿を担いだり、盆踊りを踊ったり、屋台を回ったり、花火を見たり。ずっと大きな音がしていて、ずっと誰かと喋ってる。
だけど、この二つには似てるところもある。
それは、どちらも「非日常」だってことだ。
いつもの、当たり前の生活とは全く違う時間。
本を読んでいる間、私はここじゃないどこかにいる。異世界だったり、未来だったり、別の誰かが住んでる世界に私はいる。
お祭りの間は、世界の方がここじゃなくなる。いつもの公園や神社だったはずの場所が、やぐらと屋台に囲まれた、どこか別の場所に変わってしまう。
そんな非日常が、私はきっと好きなんだ。
ところが。
三年前、新型コロナウイルスが、世界中で大流行し始めた。それで、私たちの生活は一変した。
怒られるかもしれないけど、私は正直、ワクワクしていた。
だって、これは非日常でしょ!
大人向けのちょっと怖い小説に出てくる「パンデミック」ってやつでしょ!
初めて授業をiPadで受けたとき、みんなの顔が並んでいるのが、すごく面白かった。今まで、授業中はみんなの後ろ姿しか見えなかったから。
中学に入ると、さらに生活は変わった。コロナの感染状況は日々変わり、学校に登校する日としない日がころころ変わった。
まるで小説の登場人物になったような気分で、私は変わっていく日常を眺めていたんだ。
でも。
さすがに、飽きた。
コロナは日常になってしまった。
私はまた、非日常を体験したい。本は好きなだけ読めるけれど、お祭りもしたい。
そう、だから私はやりたい。文化祭を!
「だから私はやりたい。文化祭を!」
私はいつの間にか立ち上がり、拳を握りしめていた。
「学校が、いつもと違う場所になる。そんな非日常を、私も味わいたい!」
興奮でずれた眼鏡を直して、みんなの顔を見る。小さい姫名ちゃんは、私と同じ気持ちのようだ。でも神流ちゃんは違った。
「あたしにはわかりません。本当にそれが面白いんですか?」
「面白いよ!」
「どうしてわかるんですか? 理音会長だって、文化祭をやったことないんですよね?」
うん、私も文化祭は知らない。でも、それが楽しいってことは知ってるんだ。
「やったことはないけど、読んだことはあるんだ。小学生のときに読んだ小説に、文化祭のシーンがあって、それがすごく楽しそうだったの。だからずっと、憧れてたんだ」
「小説ですか……」
神流ちゃんはあまり本を読まない子だ。だから、「読んで憧れる」って気持ちが、ピンと来てないようだった。
「俺も、祭りが楽しいのは知ってる」
的君が考えをまとめて話し始めた。
「だから文化祭も楽しいんだろう。でも、それって今やらなくちゃいけないことなのか? コロナが収まってからでもいいんじゃないか?」
「今やらなきゃだめだよ。いつ収まるか、わからないもん。中学は三年間しかなくて、文化祭は三回しかないんだよ。そのうち一回は、もう潰れた。今の三年生は、三回中二回潰れてる。今やらなきゃ、二度とできない」
「……」
的君がまた考え始めると、神流ちゃんが割り込んだ。
「やっぱりあたしは反対です。だって、怖い。コロナにかかったら、死んじゃうかもしれない。ママにも人混みに行くなって、いつも言われてます。なのに、自分達で人混みを作るなんて意味がわからない」
神流ちゃんの言う通りだ。先生たちだって、いじわるで文化祭を中止しているわけじゃない。危険だから中止してるんだ。それは私もわかってる。
「それは、これから調べる」
「何をですか?」
「感染対策の仕方。マスクとか換気とか色々あるけど、他にどんなものがあるのか、よく調べる。それで、しっかりと対策を取る。誰も感染させない」
「そうは言っても……」
「実際、各地ですでに、小規模のイベントは再開されている」
燈が助け舟を出してくれた。よく知ってるな、燈。ニュースとかよく見てるからかな。
「そして、感染者を出さずに終えてるイベントもある。やり方を工夫すれば、中学の文化祭くらいの規模のものは、安全にできるはずなんだ」
「工夫って?」
「それは、これから調べる」
私と同じことを言ったぞ。
「逆にさ、私たちが成功させちゃえばいいよ。いっぱい調べて、正しく対策して、安全な文化祭を作っちゃおうよ」
いま、日本中の学校で、文化祭が中止になってる。でも、それって絶対、もったいない。
「私たちが安全な文化祭を作ってさ、そのやり方を日本中に紹介しようよ。そしたらきっと、日本中で文化祭が開かれるようになって、それが普通になるよ。私たちで、変えるんだ。世界を!」
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