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「……みお、少し出てもらっていい?」

「え」

 するとヤマダタロウは、彼女に向けそう言った。彼女は驚いたように目を見開く。いや、その反応俺がしたい。何で。

「少しこの人と、話したいんだ。二人っきりで」

「……大丈夫なの? コイツ、『不審者です』って顔に書いてあるけど」

「うっ」

「こら、澪、初対面の人にそんなこと言わないの。……大丈夫だよ。そんな感じがする」

「……」

 彼女は俺のことを睨みつけてくる。うっ、氷のような瞳だ……俺のガラスより脆い心が音を立てて傷ついていくのが分かる。でも綺麗だな……ヤマダタロウの彼女なだけある……。

「……そこまで言うなら分かった。でも、何かあったら叫びなよ。バカ兄」

「うん、分かった~」

「……はぁ、バカ兄はどこまで行ってもバカ兄か……」

「……」

 彼女が病室を出ていく。その会話の間で黙る、俺。

 ……いや……。

「妹かよ!?」

「わぁ、急に叫んでどうしたの?」

「お前はどうしてそう……何と言うか……~~~〜っ、ほんわかしてるんだよ!!!!」

「え? そうかなぁ」

「……」

 何か……どうしたものか……どうやっても暖簾に腕押し感が半端ない……。

 っていうかマジではっず……勝手に彼女だと思って嫉妬してたとか……。

「それで、僕に何か用?」

「……あ……、え……っと……」

「ふふ、さっきまであんなに饒舌だったのに」

「っ」

 小さく笑われると、俺の頬に一気に熱が溜まるのが分かる。笑われた。バカにされた? ……にしても、綺麗な顔だ。男である俺でも、うっかりコロッとやられそうだ……。

「ゆっくりでいいよ」

「……」

 その笑みと、言葉に、俺がうっかり安心してしまったのは、事実で。

 俺は彼の顔が見れなくて、俯きながら、ゆっくり口を開いた。

「……お前は何を言ってるか分からないと思うが……」

「うん」

「……貴方のその、脚の怪我……」

「うん」

「……俺の、せいなんだ。俺が、突き飛ばして、それで……」

 やったのは、俺ではないけれど。

 でも、やれと言ったのは、俺だから。

 だからやっぱり……俺のせいなのだ。

「そっか」

 彼は明るい声で答える。

「いいよ、許す」

「……は?」

「あ、ねぇそれよりさ、この林檎の皮剥いてくれないかな? 僕、こういう作業苦手で、よく澪……妹に、『お前は台所に立つな』なんて言われちゃって……」

「ちょ、ちょっと待て俺を置いて行くな!!」

「え? 僕ここから一歩も動いてないよ?」

「違うそうじゃない!!!!」

 何だコイツ!! 喋っててすごく疲れる……!! ……彼女、じゃない。妹さんがあんなにしっかりした感じなのも、何と言うか、すごく、納得してしまう……。

「そうじゃなくて、俺の話を信じたのか? 意味わかんないだろ、急に、俺のせいだとか、俺が突き飛ばしたとか……しかも、それを信じたとして、許すとか……」

「信じるよ」

 彼は俺の不安定な言葉を断ち切るように、はっきりと言い放った。

「信じるよ。だって貴方の瞳は、とても綺麗で、聡明だから」

「……は?」

 綺麗? 聡明? ……何を言って。

「反省してるのも、分かるから。なら僕が言うことは何もないよ。脚も気にしなくて大丈夫。……ご存じの通り、僕は小説を書く人だから、貴重な経験になったよ」

「いっ……いやいや!! 何だその暴論……!! ……って、え?」

 俺はある言葉が引っかかって、言葉を止める。彼は、どうしたの? とでも言うように小首を傾げている。いや、そんな似合う表情を浮かべるな。居心地が悪い。

「……『ご存じの通り、僕は小説を書く人だから』、って……」

「ああ、だって」

 彼は満面の笑みを浮かべて、言う。

「貴方、帳瑛士さんでしょ?」

「………………」

 彼、ニコニコ。俺、フリーズ。

「……なん、で、わかっ……」

「え? だって瑛士さん、SNSで何回か喋ってるでしょ? その声と一緒だから」

「……」

 確かに……確かに、暇な時にラジオツールで一人語りしてるが……!!

「お前聞いてんのかよ!?」

「もちろん、瑛士さんのファンだから」

「……っ」

 分かってしまう。コイツの、この性格的に、今の言葉は……嘘ではない。だからこそ俺は、言葉を失ってしまった。それは……まぁ、嬉しくて。

 あんなすごい作家が、俺のファンだと、言ったのだ。しかも……俺の好きな、作家が。俺のファンだと。

 それが嬉しくないわけ、無いじゃないか。

「……でもはっずい!!!!」

「え? 何が? 貴方も林檎の皮剥けないの?」

「剥けるわ!!!! ……ってちょっと待て!! お前何だそのナイフの持ち方危なっかしい!! ちょ、貸せっ」

 俺は慌てて彼の手からナイフを奪い取る。そしてついでだから、俺はそのまま林檎の皮を剥いてやった。……何を……何をしているんだ、俺は……。

「……高峰たかみねりょう

「……え?」

「僕の名前、お前じゃなくて、涼」

「……………………」

 なるほど、コイツはこうやって数多の女を落としてきたのか、なんて納得してしまった。それを俺に使うな。いや、コイツの場合は、無自覚なのか。厄介だな……。

「……そんな簡単に本名とか教えるなよ」

「簡単じゃないよ。瑛士さんには、特別」

「ナイフを持ってる時に!!!! そういうことを言うな!!!! 手元が狂う!!!!」

「え? 何で?」

「やっぱり無自覚タチが悪すぎる!!!!」

 危うく俺はナイフで自身の手を刺すところだった。間違いなく大出血だろう。ああでもここ病院だったわ。安心安心……。

 ……できるか!!!!

「……佐藤雄二」

「……え?」

「俺の本名!! ……お前だけに教えられるとか、なんか、気分あれだから……。……高峰、さん」

「……雄二さん」

「あっ待てお前突然名前呼んでパーソナルスペース縮めてくるタイプだな???? 厄介すぎる」

 知ってたが!!!!

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