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 何故か帰りたがり始めたクロードを何とか押し止め、俺は彼と共にその家を見張った。必ず奴はここに出入りする……その現場を押さえてやればいい!!

「ちなみに『ヤマダタロウ』は20代の男。身長は高め。近くのお洒落なカフェにてブラックコーヒーを頼み、それを片手に執筆することが毎日の習慣」

「……もうツッコまないぞ。SNSの投稿から割り出したんだろう」

「そうだが????」

「……」

「いや言っとくけどこれ俺悪くないからな!? 年齢性別身長は、反応数で答える的なやつで向こうが勝手に答えてただけだし、カフェの習慣も、向こうが勝手に毎日『コーヒーは美味しいね』とかいうコメントと一緒に写真挙げてるだけなんだよ!!」

「……お前、小説の投稿以外もしっかり見てるんだな……」

「うるさいなぁっ!!」

「……! おい、誰か来たぞ。黙れ」

「……」

 その命令口調に反論したいところだったが、言うことはもっともだったため、反論せずに黙る。視線を家の方に戻すと、そこには、一人の男が。……。

「……言わんとすることは分かるが、念の為聞いておいてやろう。何か言いたいことは?」

「神様ってやつはぁっ……!! 不公平だっ……!!」

 天使のような微笑を携えて家の中に入っていった20代ほどの男、間違いなくアイツこそが「ヤマダタロウ」であり……誰の目から見ても、同じく男である俺が見ても……誰も文句を言わないくらいのイケメンが、そこには居た。


 ──


「作戦第2弾!!」

「おう」

「ちょっと痛い目を見てもらおう作戦!!」

「……発言が未成熟な者そのものだな」

「んだと!! 俺は成人済みだ!!」

 確かに俺が今言ったことは具体性が無かったかもしれないが!!

「では、具体的な作戦内容を発表しようか」

「……念の為、聞いておいてやろう」

「その意気だ。……クロード、お前の力を使って、アイツを階段から突き飛ばしてほしい」

「……」

「それでその後、『小説家をやめなければこのような不幸が続くぞ』……だなんて言ってやれば、満足だな!!」

「……」

「あ、あんまり後遺症が残る感じにやるなよ? あくまで少し骨折しちゃった的な加減で……」

「注文が多いな」

 クロード、ため息交じりにそう呟く。何だと。

「出来ないのか?」

「何度も言う。出来ないわけではない。だが、お前が圧倒的に何も仕事をしていないじゃないか」

「俺は作戦立案担当だ」

「……あの男を殺したいというその熱を、執筆に生かせばいいのでは……?」

「うっ、うるさい!! やると言ったらやるんだ!!」

「はぁ……まあいい」

 クロード、再びため息。少し気に食わないが、ひとまず納得してくれたのなら良かっ……。

「その声とやらはお前が担当しろ」

「何て????」



 クロードの話はこうだった。

 私はその作戦に反対はしない。あくまで今私を召喚し、操る者はお前だからだ(以下、一部割愛)。そしてお前にどうせその、「あまり後遺症が残らないように少し骨折する程度に」という加減を、お前が出来るとは思っていない。だからそこは私がやろう。本当は大事なところだからお前がやるべきだとは思うが……。まあいい。そこで百歩譲って、声くらいならお前も出せるだろう。だからそこはお前に任せる。安心しろ、お前の姿を一時的に消し、あくまで「超常現象」という風にしておいてやる。

「……………………」

「おい、大丈夫か」

「大丈夫に見えるか……」

 俺の姿は今、クロードによって隠されているらしい。だから俺は難なくヤマダタロウの家の中に侵入し、そして……家の中の階段で、小さく震えていた。

 冷や汗が止まらない。体の小さな震えも止まらない。ああ、緊張する、どうして俺がこんな目に……!! ああ、誰がこんなふざけた作戦を……!!

 ……俺か。

「吐きそう……」

「お前は本当に大口を叩く割に気が小さいな」

「うるさいなぁ……。ほんとこういう……失敗できない、っていう状況が苦手なんだよ……!! せめて練習とか」

「安心しろ。練習したところで失敗するときは失敗する」

「そうだけども!!!!」

「……お前、一時的に声も聞こえなくしているからいいが、そうじゃなかったら完全にアウトだぞ……」

 そう、確認したところ、この家にはヤマダタロウ……そしてもう一人、何やら美人の……少女? 女性? がいた。どうせ彼女だろう。くそっ、神は不平等だ!! 俺は年齢=恋人いない歴だというのにっ……!!

 ……こほん。そんな話はどうでもいい。

「ねぇ」

 すると階段の下から、そんな声が響いた。女性のものだから、あの美人な彼女だろう。

「どうしたの?」

「何か空気、悪くない?」

「ええ、そうかなぁ」

「そうだよ。まぁ鈍感なアンタに言っても仕方ないか……」

 はぁ、と彼女は少しイラついたようにため息を付いた。その矛先は俺ではないはずなのに、俺が思わず震え上がってしまう。……というか、あんなイケメンに物怖じせずにそんな毒を吐くとは……やはり女性は怖いな……。

「あはは、ほんとだよねぇ」

 そしてお前は特に気にしてないのかよ!!!! 本当に鈍感なんだな!!!!

「じゃあ窓開けてくるよ。空気入れ替えよっか。そうしたらその……空気の悪さもどうなるだろうし……」

「いや、何か窓開けたところでどうにかなる感じじゃ……」

「何か最近切羽詰まってるみたいだし、気分転換にもなるんじゃないかな」

「……」

「おい、あの男がこっち来るぞ」

「……っ」

 思わずその会話に聞き入ってしまっていた俺は、クロードの声で我に返る。確かに足音がこちらに近づいて来ていた。……ドッ、ドッ、と、心臓が鈍く音を立て始める。ヤバい、ヤバいっ……。

 俺は端に避け、俺の真横を通って階段を上っていくヤマダタロウを見送る。その間も俺の心臓が止まることは無かった。いや、止まったら駄目だけど。……そういうマトモなツッコミはいいんだよ!!

 かち、がちゃん。鍵を開け、窓を開け放つ音が聞こえる。そして、足音が再びこちらに戻り。

 階段を下りだし。

「……」

 クロードが少し手を振った。それだけだった。


「わっ」


 そんな短い悲鳴と共に、彼の姿が俺の目の前から消える。

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