小説家を殺しに行こう!!

秋野凛花

1

 俺はとある小説家を殺すことにした。

 というのも、そいつが目障りだったからだ。何をするにもそいつの存在がちらついて、俺は劣等感に苛まれる。だからあいつを殺すことにした。そうすれば俺のこの気持ちも少しは落ち着くだろう。

 だから俺は悪魔と契約した。呼び出し方は以下略で。まぁありふれたものだ。何やら怪しい本を手に入れて、そこに書いてあったやり方で、とにかく呼び出した。おどろおどろしい雰囲気を醸し出しながら、悪魔は俺の前に姿を現した。

 これが悪魔……俺は息を呑む。人間離れした美貌。凛々しい瞳。悪魔って人間と同じ見た目……なんだな。

「お前が私を呼び出した人間か?」

「うわ、喋った」

「……お前から呼び出しておいて何を言っているんだ」

 悪魔(?)が俺にそんなことを言って、呆れたように笑う。……笑われても、仕方がないだろう。悪魔を呼び出すなんて、初めてなのだから。

「それで。人間。お前が願うことは何だ?」

 悪魔が俺に問う。その質問を待っていた。俺は拳を握りしめ、流れる冷や汗をそのままに、告げる。

「小説家を殺しに行こう!!」



「殺しに……行こう?」

 俺の言葉に、悪魔はあまりピンとこなかったらしい。不思議そうに首を傾げている。何ともノリが悪い。

「何だ、出来ないのか? 悪魔のくせに」

「出来ないわけではない。ただ、珍しい願い事だと思っただけだ。……殺してほしい、という願い事はいくつも聞いてきた。殺しに“行こう”と言われたことが、私には引っ掛かっただけだ」

「ああ……なるほど?」

 その言葉に、俺はそう相槌を打つ。わからないわけではない。人を殺したいのなら、やってもらう方が手っ取り早い。だが俺は、違う。

「どうしても、どうしても俺は、あいつを、この手で殺したいんだ。だからお前には頼まない。お前には、俺の手伝いをしてほしいんだ」

「ふむ……つまり、不安だから付いて来てくれと」

「不安とは言っていない!!」

「足を全力で震えさせているくせに何を言っている」

 この悪魔、血も涙もなかった。当たり前か……悪魔だもんな……。

 悪魔はニヤリと笑う。その口の端に、鋭い八重歯が覗いた。

「いいだろう、人間。その面白い願い、このクロードが受け入れた」

 お前の名は? と、悪魔……クロードが問う。俺は彼の出すなんとも言えない怪しい雰囲気に飲まれそうになりつつも、何とか答える。

「俺は、佐藤雄二……じゃなくて」

 そんな平々凡々な名前を名乗るなんて、恥ずかしい。どうせなら、自分の思う最高な名前で。

「帳瑛士だ」

 そう、俺は、小説家の帳瑛士。

 ……ネットでチマチマ短い小説を書いてるような、まだまだ底辺の中の底辺の小説家だがな!!



「それで、お前が殺したい小説家とやらはどういうやつなんだ?」

「よくぞ聞いてくれた」

 クロードの問いに、俺はそう答える。……そんなめんどくさそうな顔するな!! ちょっと傷つくだろ……。

 そうは思いつつも俺は、自分のスマホを取り出す。取り出したのはまぁ、一般的なSNSだ。評価がしやすく、数字が見えやすい、あれだ。

「その小説家というやつは……」

「……」

「この、『ヤマダタロウ』というやつだ!!」

「……ヤマダタロウ」

「ヤマダタロウだ」

 クロードが、訝しげな表情を浮かべる。何言ってんだコイツ、とでも言わんばかりの表情だ。わかる。気持ちは十二分にわかる。俺だって思っているさ。あぁ誰よりもな!! こんな履歴書とかそういう書類に例として書いてありそうな一周回ってこんな名前の奴この世にいねぇだろ!! ってやつに劣ってるなんてなッ……!!

「コイツを殺したいのか」

「ああそうだ……」

「フォロワー数5万……お前、フォローされてるんじゃないか」

「……うう、うるさい」

「それでもってお前もフォローしてるじゃないか」

「……うるさいっ……」

「こういうのはあれだろ。人間間では、『相互』って言うんだろう」

「ああああうるさいっつってんだろ!! そうだよ相互だよ何か問題あるか!? コイツのフォロー数82の中に何故か俺が含まれてるんだよ文句あるか!?」

「無いが」

「……」

 ……ああ、知ってた。

 俺は思わずガックシとその場に座り込んで項垂れる。……でも……仕方ないじゃないか……。

「コイツの小説めちゃくちゃ面白いんだもん……」

「……ほう」

「悔しいが……悔しいがッ……めちゃくちゃ面白いんだッ……!!」

「……私はもしかして、この世で一番馬鹿な人間を相手にしているのでは……」

「馬鹿とは何だ!!!!」

 う、叫びすぎて喉が痛い。慣れないことをするもんじゃないな。

 そう、この「ヤマダタロウ」というやつの小説、誰の目から見ても面白いのだ。綿密に工夫された文章表現、言葉の節々に表れる教養の高さ、一部アンチもいるが、そいつらは確実にコイツの才能に嫉妬をしているだけだ。見ていて笑えてくるよ。なんて馬鹿で虚しいことをしているんだ、ってな!!

 ……。

 ……何でかな……悲しくなってきた……。

「そしてここがそいつの家だ」

「……一応聞いておこう。何故家を知っている」

「日常の呟きから行動範囲を特定し、更に所在地を割り出した」

「……お前、気持ち悪いって言われないか……」

「うるさいなぁ!!!!」

 確かに言われたさ。目に入れても痛くないほどの妹(義理)に、気持ち悪い、って言われたさ。ああ言われたさ!! ……でも俺は知ってるんだからな、お前が一回彼氏にネットストーキング行為をして、フラれたことをな!! つまり俺と同類だ!! はっは!!

 ……。

 ……何でかな……また悲しくなってきた……。

「……お前がまともな人間でないことは十分わかった。それで、これからどうするんだ?」

「俺はまともだ!! ……いや、それに全力で反論したいところだが、今は我慢しておこう。話が進まない」

「お前、心の中の声を全て口にするタイプか」

「お前はいちいち俺を分析するなぁぁぁぁぁ!!!!」

 俺は咳払いを一つ。そして目の前の家を見据えた。

「まず、アイツの素顔を晒す」

「……というのも?」

「アイツのドブスな顔を晒し!! ファン全員に幻滅させる!!」

「回りくどいな……。あと、何でそいつの顔が不細工だと分かっているんだ」

「……ふふふ、分かってないな、クロード」

 俺のほくそ笑む様子に、クロードの眉がピクリと動く。俺の上からの発言に、少しばかり不快な思いをしたのだろう。その表情に上機嫌になりながら、俺は。

「このSNSを見ればわかるように、コイツは小説の……グッ、認めたくは無いが、天才だっ……」

「……そうだな……」

「そしてこの豪勢な家を見ろ。いかにも『金持ちが住んでいます』と言わんばかりの家だ」

「……そうだな」

「神は人に二物を与えない!! こんなに恵まれている奴の顔が、良い訳なんてないだろ!!」

 ドヤ顔で言い放つ俺に。

 すっかり真顔になってしまったクロードは、一言。

「帰っていいか?」

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