第45話
侵入者用の警報機が鳴り響く。ニックは焦って集めていた紙の束を落とす。
「ああー、もう最悪だ。早いね! 特殊警察って奴は家宅侵入罪で訴えるよ、本当に!!」
ニックはアタッシュケースに雑に紙を詰め込む。ポケットから小さな手のひらサイズのコントローラを取り出した。ニックはじっと悩む。悩んだ果にボタンをクリックした。「ビーー」と不気味な音が地下室に鳴り響く。
「すまないね。……けどぼくらは、ぼくたちは願いを叶えるよ。全ては人類の幸福のため」
ニックは十字架のネックレスを握りガスマスクを被った。背後には赤い濃霧が出現し始めていた。
赤い霧の中、正気を失った男が飛びかかってくる。血走った目。膨張した筋肉。藍は一瞬で20F自動小銃を構えトリガーを引く。強烈な反動。吸血鬼の頭を弾丸が貫通。命令する機能を失った体は湿った冷たい床に倒れ込んだ。
「右通路三残存」
「……了解」
結仁は先行する藍についていく。一気に右を向く。そこに人間としては既に終わっていながら歩み続けるリビングデッドの姿。トリガーを添えた手が目の前の阿鼻叫喚の絶望と人を殺すという恐怖で震える。それでも結仁は眉間にシワ寄せ、覚悟を決めた。トリガーを引く。練習してきた技術は相手の獣のような動きを容易に捉える。肩。心臓。足。銃口は跳ね上がりながらも吸血鬼の肉体を完膚なきまでに破壊する。マガジンが空になった。結仁は乱暴にマガジンを外し、すぐさまポケットから替えを取り出し装填。
曲がり角から銃声。先頭に立っていた佐藤は壁に背を当て立ち止まる。
「半吸血鬼が四体。正気を失ってない。おれらガスマスクが破壊されたらそいつにAZ弾打ち込んで、口をふさげ」
「藍……左方面からの霧が薄い。出口がある可能性がある」
小野寺が言う。
「了解。私が追って仕留めるわ」
「おけー。合流地点はどうする?」
「生きてたら地上で会えるわよ」
「それもそうか」
藍は後ろを振り返って右手側に曲がった。
「酷いことを言うようだが、結仁は俺にタイミングを合わせて飛び出ろ。感染してるお前ならマスクが飛んだところで死ぬ可能性は低いんだろ。……もしものときは、その御大層な吸血鬼薬でも打て。敵に取られたら目も当てられん」
「分かりました……」
佐藤は大きく息を吸う。
「行くぞ!!」
一気に曲がり角に飛び出て確認することなくトリガーを引いた。
藍は進行方向から四足歩行で進んでくる躯を見る。背中から刃を抜いた。銀刀の刃を軽く揺らして握り心地を確かめる。体が交差した瞬間、刀は怪物の首に叩き込まれる。異常に硬い筋肉。藍は痛む体を無視。力の限り刀を振り切った。後方で鮮血が噴出。振り返らずに全速力で走る。息が荒くなる。
遠目に一人のスーツを来た金髪の男の背が見えた。アタッシュケースを持っている。足取りはこの状況では不自然なほど人間らしい。
「止まりなさい!!」
藍が鋭く言い放つ。ニックは後方から迫る藍に気づくと走る速度をあげる。藍は相手の反応から瞬時に判断。拳銃を引き抜いて発砲。ニックの脇腹を貫いた。ニックはジグザクに走りながら次の曲がり角を曲がる。藍はニックに追いつけないことを悟ると、ガスマスク、拳銃、小銃を床に放り捨て走った。
通路でニックは倒れていた。足首に弾丸がめり込んでいる。もはや走ることなどできない。
「だからこんな欠陥建築、嫌いなんだよ!」
ニックは痛みを堪えながら言う。倒れたニックの頭に藍は銃口を突きつけた。後ろからはゆっくりと赤い死の霧が迫っている。
「ハロー。はじめましてかな、日本のエージェント」
「貴方がベルゼのリーダー」
「……この支部のというのがつけば正しいね」
「随分流暢に日本語が喋れるのね」
「これでも失態のせいで十年前から日本に監禁されてるからね。肩身が狭いよ」
ニックは言いながらポケットに手を入れる。
「へぇー、十年前から居るのね。それは朗報だわ」
「……そりゃ良かった!」
ニックは転がり前に倒れる。弾丸が空を切り地面に着弾。
「じゃあ死になさい!!」
藍はすぐさま照準を合わせ直す。ニックは左腕に注射器を打ち込んだ。弾丸がニックの胴を貫通。瞳を赤くしたニックは壁を蹴って藍の頭を掴もうとして、そのまま倒れ込んだ。ニックは胴に食い込んだ弾丸がじんわりと力を奪っているのを感じる。藍は今度こそ銃口をニックの頭部に向け、発砲した。
ツヴァイは瞬時に斧を盾にして弾丸の如き速度で投げられた結晶片を防いだ。
「随分慣れているな。あれだけ弱かったというのに」
エルヴィアの細い右腕をツヴァイの戦斧が切断する。エルヴィアは飛び散った血を瞬時に結晶化。膨張させてツヴァイを壁に結晶で貼り付ける。ツヴァイは尋常ならない筋力で結晶を内側から破壊。膨張していた結晶が時間が過ぎて液体に戻る。ツヴァイは血液のシャワーを乱雑に作られた戦斧で切り裂いた。
「襲ってくれたおかげよ」
「オレとベルゼの目的は違うぞ。現に今、あいつらを殺すためにここにいる」
エルヴィアは苛立たしげに右手に持っていた槍を投げ飛ばす。暴風を撒き散らしながら槍は一直線にツヴァイの頭部に飛ぶ。ツヴァイは斧を乱暴に振り下ろして叩き落とす。耐えきれず斧が割れた。
「じゃあ何で貴方は……ツヴァイ! 貴方が私を殺そうとするの!?」
「戦争を止めるためだ。もう二度と繰り返させない!」
「分からないわよ……ツヴァイ貴方の言うことはいつも。アインやドライも……みんなみんな殺すつもりなの!?」
エルヴィアは泣きそうになりながら言う。
「人造吸血鬼は危険だ」
「認めないわ。貴方はもっと他の方法を探すべきよ」
「お前の最愛の人間でも人質に取るか」
エルヴィアは飛びかかり、怒りをそのまま槍にのせて叩き込む。ツヴァイはそこにいない。
「お前はいつも、甘い!!」
ツヴァイの右拳がエルヴィアの腹に突き刺さる。エルヴィアは意識を失わないように唇を噛んだ。散った血液でナイフを作ってツヴァイの腕に突き刺す。ツヴァイは右腕を思いっきり振ってエルヴィアをそのまま投げ飛ばす。ボロボロになりながらもエルヴィアは立ち上がる。右腕に力を込めると腕の筋繊維が生成され肉を構成し始める。
「ツヴァイ……貴方は私の家族なんかじゃない!!」
「あいにく、俺はとっくにその覚悟を決めている」
ツヴァイは斧を両腕で背負うように構える。エルヴィアは再生した右腕に左腕を突っ込んで引き抜きながら槍を作成。エルヴィアはツヴァイに突撃。硬化した血液同士が衝突。あまりの衝撃で床の石が放射状にひび割れ吹き飛ぶ。エルヴィアの槍に亀裂が走った。
「うおおおおおおお!」
ツヴァイは雄叫びをあげながら更に、更に強く斧を握り振り切った。鮮血が舞う。エルヴィアの右腕が宙を待った。エルヴィアは飛び上がった腕を無視。左手を後ろに回して飛び散った自分の血から剣を作り出す。鋭い突きでツヴァイの心臓を突き刺した。ツヴァイは口から血を吐き出す。それでも、歯を食いしばって斧を握った。
「俺は負けない! 絶対に争いを起こさせない!!」
ツヴァイは激高。心臓に剣が突き刺さったまま、エルヴィアの胴を斜め上から切り裂く。エルヴィアの甲高い悲鳴も無視して無我夢中で斧を振るう。ツヴァイの手に肉を切り裂く感覚。エルヴィアの顔が恐怖で歪む。あまりの痛みに涙が溢れていた。ツヴァイは怒りのままにエルヴィアの足を切り飛ばした。
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