第44話

「ぼくも参加させて下さい!!」

「ちょっと待ってくださいよ! 立入禁止ですってば」

 結仁は受付の女性に引っ張られるながらも座っている藍たちのいる部屋に入る。小野寺はギブスを外しもう銃の整備をしている。佐藤は結仁の姿を見て飲んでいたお茶を吹き出した。

「突然戻ってきて何、結仁君?」

 包帯を外していた藍が訝しげに言う。結仁は大きく息を吸った。

「ぼくも参加させて下さい。その様子だとベルゼの場所が分かってるんですよね?」

「……貴方は私達と関わらないほうがいいわ」

 結仁は隠し持っていた注射薬を彼らの目の前に突きつけた。藍は咄嗟にポケットからハンドガンを取り出し銃口を結仁に向ける。結仁を引っ張っていた受付の女性が恐怖で尻餅をついた。

「結仁君、それは何?」

「人造吸血鬼になるための薬です」

「どこから手に入れたの?」

「言いません。それとも言ったら参加させてくれるんですか?」

 結仁は銃口を突きつけられてもまったく怯むことなく藍の目の前に突き進む。藍は撃たなかった。結仁は藍の拳銃の銃口の前に立っていた。

「紫乃を……ぼくの妹を助けたいんです」

「……あなたは彼女の正体を知ってるのよね。ちゃんと調べたわ。十年前のあの日、貴方を残して貴方の家族は死んだのよ。義妹なんてどこにも存在しないわ。元々この世に居るはずがないのよ彼女。……似ていたわよね。あの時の吸血鬼の女と貴方が紫乃と呼んでいた人は」

 結仁は目を閉じて、一気に開く。

「知ってますよ。そんなこと! けど『紫乃と呼んでいた人』なんかじゃありません! 彼女がぼくの妹なんです。ぼくの二人目の妹で、ぼくの家族だから。ぼくは助けたいです!」

 結仁は拳を握って叫ぶ。

「それは無理よ。人造吸血鬼は危険。彼らがどれだけ無害で人に危険を及ぼさなかったとしても利用しようとする輩は大勢いる。ベルゼはその一つ。助けることなんて……」

「なら、ぼくは一人で戦うだけです」

 結仁は背を向けて外に出ていこうとする。

「その薬を使って? 貴方は騙されてるのよ何十万人と死ななきゃ誕生しないのよ。人造吸血鬼は」

「ぼくはこれを渡してくれた人を信じています! 騙されてなんかいません」

「だからといって一人では……無理よ」

「分かってます。だから協力してほしいんです。紫乃を助けるために……」

 結仁はじっと藍の目を見つめる。パンと手を叩く音が聞こえた。

「良いんじゃねぇの。見ろよこの精鋭をボロボロだぜ。小野寺のやつなんて医者にはギブスはまだ外すなと言われたからな。今なら一警官とタイマンで熱戦を繰り広げるかもしれん」

「馬鹿を言うな。そこまで落ちていない」

 小野寺は不満そうに言う。

「だとしてもオレと藍は満身創痍だ。今度戦う時にきっと吸血鬼の一体ぐらいは出てくるだろうさ。それに男が女守りたいって言ってんだ。結仁も成長したってことさ」

「女って……妹でしょ?」

「藍、それは失礼だ。妹も女の子だ。いや真の女だ。幼馴染以上に一緒に育ってきた女の子だぞ、好きにならないわけがない」

 小野寺が言う。

「あんたは……ゲームに毒されすぎよ。結仁君は妹ととして家族として助けたいってだけでしょ。そうよね?」

「はっ、はい!」

 結仁はつまりながら言う。藍は黙って顎に手を当てて考え込む。そして数分後口を開く。

「彼女……そうね紫乃さんを本当に生け捕りにできるかどうか分からないわ。したところで当分の間は政府に渡す必要がある。上は上で興味があるらしいから。……だから保証はしない。けどやるのね?」

「その時はその時で動きます。とりあえずは紫乃を見つけて怒らなくちゃなりません。ずっと嘘をついてたことは許しません」

 結仁は佐藤の前で手を差し出す。佐藤は黙ってポケットから拳銃を渡した。

「ありがとうございます。ちょっとだけ練習をします。失敗すれば死ぬので」

「結仁君。ベルゼが終わったらその薬の出どころは教えてくれるのかしら?」

「本人が話すらしいです。待ってあげて下さい」

 結仁は扉を締めた。


「熱いねー」

 佐藤はヒューヒューと口笛を吹きながら言う。

「どこがよ。子供じゃない」

「子供っぽいからこそさ。俺たちなんて何のために戦ってるのか実際のところ分からんぜ。市民の皆様のためと言っているがな。結仁ぐらいはっきり誰かのために動いたほうが動きやすい」

「じゃあ、結仁君でも守れば良いんじゃない」

「俺は男のお守りはごめんだ」

 佐藤は藍を見て言う。佐藤は何も言わずに部屋を出た。


「それで……勝算はあるのか藍?」

 小野寺は言う。

「どうでしょうね。人造吸血鬼が出なければどうとでもなるわ」

「来るだろうな。少なくともツヴァイと呼ばれていた男はどうもベルゼに協力しているようだった」

「今回ばかりは結仁君を守る暇はなさそうね」

「いつだって守る必要はないだろう。あれは十分化物だ」

「暴走気味だけど」

 藍は苦笑いした。


「おーし、しっかり装着できたな」

「息苦しいです」

 結仁は交番の中で佐藤にガスマスクを付けらされていた。

「防弾チョッキってこんなに重いんですね」

「これでも防弾用化学繊維の軽いやつだぜ。防御力は……そうだな。小銃を連射されたら普通に貫通する。9mm弾防げりゃ御の字さ」

 佐藤は自分もガスマスクを付ける。

「ああー本当に息苦しいな。とはいえ……絶対奴らはガスを散布してくる。地下でそんなん流されたら逃げようがないからな」

「どうやったら資料館の地下に施設が作れるんですか?」

 結仁は渡された目的地の地図を見て言う。歴史民俗資料館の下にはアリの巣のような複雑な構造の地下施設が書かれていた。

「どうも隠教とかいう悪徳宗教が建設時に出資してたものらしい。それを流用したんだろうな。場所が分かったのもそのつてだ。とうとうベルゼ君がしくじったらしい」

 佐藤は小銃のマガジンに十分弾丸が入っているのを確認する。結仁は銀刀の刃とAZ弾の弾数を確認した。20発だけだ。

「弾数ゴミ。だが俺は死ぬ気はもちろん、特攻する気もさらさらない。準備はいいか結仁?」

 佐藤は装備を確認し終わると立ち上がる。結仁は力強く頷いた。

「よし良い面構えだ。……これから俺たちは人を殺す。正義か悪はやってみたあと分かる。戦ってるうちは考えるなよ」

 佐藤は言った。


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