第42話
「おいっ、アーダルベルト見ろよ!」
ツヴァイが黙々と自動車に油を差していると後ろから声が聞こえる。整備士の男三人組が仕事の合間に雑誌を呼んでいた。ツヴァイはうるさそうに同業者を見る。
「そんなもの見てる暇があったら真面目に仕事をするんだな」
ツヴァイは流暢なアメリカ英語で言う。
「マジで面白いんだってツヴァイ。何でも吸血鬼の目撃情報があったらしいぜ。人の血を吸って生きる不老不死の怪物。ファンタジーだぜ!!」
ツヴァイは「吸血鬼」の単語に反応して男たちに近寄る。
「いるわけねぇだろそんなもの。だいたいこの雑誌はいつもいつも嘘ばかりだ!」
細い男が目の色変えたツヴァイを見て言う。ツヴァイは太った男から雑誌を奪い取る。
「おいツヴァイてめぇ、勝手に取るな!」
「悪い」
「ぜてぇ悪いと思ってねぇだろ!」
太った男は憤慨しながらも黙って見過ごす。
「このベルゼとかいう奴は何者だ?」
「興味ないね。秘密組織らしいぜ。本当にあるかは知らんけどな」
ツヴァイは破れるほどの力で雑誌を握りしめた。
「本当にそんな情報信じてるのかい? 君は」
人気のない路地裏、金色の髪を短く切りそろえたニックがへらへらしながら言う。ツヴァイは右手に持っていた男を地面に投げ捨てた。
「こいつはお前の仲間だろう」
「……物騒だね君は」
ニックは重い腰を持ち上げると、冷めついた目線でツヴァイを見た。
「オレも吸血鬼とやらに興味がある、お前らに協力させろ」
ツヴィアはニックを睨みつけた。
「見なさい楓! こんどこそ完成したわ。人造吸血鬼化薬。今までの半吸血鬼なんて紛い物じゃない。本物の吸血鬼よ!!」
薄暗い地下室で、恍惚とした表情をしながら梓は試験管に入った赤い液体を見る。泡がゆっくりと表面にあがる。泡は小さく音を立てて破裂した。
楓は死んだ目で梓を見ていた。顔には隈ができている。楓は歯切りしして苛立ちを抑える。そうしなければうっかり殺してしまいそうだ。楓の機嫌は実験のストレスで崩壊しかかっている。これが本当に完成しているなら結仁は更に苦しむだろうか。ベルゼの会話から結仁が何かしらこの組織と敵対していることに楓は勘づいていた。ポケットに最近いつも入れている紙を強く握った。「結仁にもし何かあれば助けてあげて下さい」何を言ってるのかと思っていた。楓にとって紫乃は究極のライバルでしかなかった。結仁が学校に来なくなったのもきっと紫乃のせいなのだろう。そうでなければあんなに結仁はそんな状態にはならない。楓には明白なその事実がどうにも不快だった。
「……ずるいわね」
「結仁を助けて」という願いを楓が断れるはずがなかった。それに目の前で高笑いしているのがいい加減に殺してやろうと思っていた母ならば尚更だ。父は悲しむだろうか。知ったことではない。ゆっくりとパイプ椅子を持ち上げる。普段から運動していない楓には若干荷が重い。
「何ッ!?」
梓は物音に気づいて楓に振り返る。楓は母の頭部を横から椅子で殴りつけた。持っていた試験管が地面に落下し砕け散る。梓はドサリと地面に倒れ込む。朦朧とした目を憎悪で燃やして楓を見た。楓は清々しい気持ちで梓を見下していた。道端に枯れた花を見るような死んだ目で楓は母を見る。
「あんた馬鹿でしょ。それだけ研究できて娘の気持ち一つ分からないの?」
「楓……?」
梓は驚愕の瞳で楓を見上げる。この状況を全然予測していなかったのだろう。混乱が見える。
「さよなら……天雨梓。私の母親だった人」
楓はもう一度椅子を持ち上げて、一気に梓の頭に振り下ろした。何度も何度も徹底的に叩き潰した。血溜まりができたあと、楓は梓が愛用しているライターを奪う。楓はすぐさま必要な資料を分別して持った。砕けた試験管に入っていた液体をスポイトで回収。楓は紙の束を梓のリュックに詰め込む。右手でライターを点火。
「さようなら、お母さん」
楓は紙の机の上にあった紙の束にライターの火をつけた。
燃え盛る部屋の扉を締めて楓は何事もなかったかのように平然と薄暗い灰色の廊下を歩く。警護のベルゼの組員達は律儀に敬礼してくる。楓は無視して進む。緊張から前を見ていなかった楓は誰かにぶつかった。不快そうに目の前に立っている大柄な男を見た。
「……血の匂いがするな」
ツヴァイは楓を見る。真紅の眼球はじっと楓のリュックを見ている。楓は恐怖で息ができなかった。ツヴァイは凍りついてる楓を放置して奥に進み始める。
「早く逃げたほうが良いぞ。やつらは定期的に研究者が逃げていないか確認しているからな。元々信用などされていない」
ツヴァイが言い切ると廊下についてた赤いランプが音を出してけたたましく光り始めた。
「誰に渡すんだその薬は?」
「……」
楓は何も言わずに走り去る。
「まあいい。急がねば首が飛ぶぞ。ベルゼは貴様の命などなんとも思ってはいない。ただの道具だ」
ツヴァイの目の前から無数の足音が聞こえてくる。
「人造吸血鬼の存在が確認できた以上もう。協力してやる義理もない……」
ツヴァイは自分の左手に右の手の爪を突き刺して引き抜く。手にはツヴァイの身長に匹敵する長さの真紅の斧が握られる。
「オレは争いの種を殲滅する。たとえそれが兄妹だったとしても!!」
ツヴァイは一気に踏み込みベルゼの組員の集団に突っ込んだ。
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