第41話
冬の地下室にも関わらず蒸し暑い。周りには長方形に分割された畑がある。手のひらのように小葉の葉が広がった草が生えていた。ツヴァイは迫ってきたローブの男を殴りつけた。男は気絶。頭を鷲掴みして横に放り投げる。
「乱暴だね。ツヴァイ君。何か嫌なことでもあったかい?」
「いや……ないな」
ツヴァイはニックの言葉に応える。ニックは肩をすくめた。
「そんなに怒らないでくれよ。隠教の人間はどうしても掃討しなくちゃいけないんだ。ぼくとしては放置で良いと思うけど。上は黙ってない。ぼくも肩身が狭いよ」
ツヴァイたちの横で銃声が鳴り響き地下に反響。
「羅刹大明神様、助けを! 助けを――」
懇願しながら逃げていた男は胴にニ、三発の弾丸を受けて絶命した。ニックたちの目には地獄絵図が映っていた。地下の畑から隠教の信者たちはそこらかしこの入り組んだ道に入って逃げようとする。すぐにベルゼのスーツの男たちに追い詰められて弾丸を撃たれ死亡。ニックはポケットから9mm弾の装填されたピストルを取り出すとツヴァイが気絶させた男に向けた。
「すまないね。君らの神はもう天国さ。再臨しないってことは嘘だったんだろ」
マズルフラッシュが光った。ツヴァイはゆっくりと瞼を閉じた。
浮浪者のたまり場のような路地裏。ツヴァイは小さな体でジャンプしてゴミ箱の中を漁っていた。汚らしいカビのついたパンの欠片に目を輝かせる。
「おいあったぞ、ユリアン!」
ツヴァイは喜色を含んだ高い声で弟を呼びかける。垂れ目の優しげな少年は細い腕で立ち上がる。ツヴァイは弟にパンの切れ端を渡した。
「いいの? 兄さんは?」
「いい。オレはお腹いっぱいだから!」
ツヴァイは空腹を訴える腹を無視して言う。両親に捨てられたツヴァイ達に満足な食料など得る手段はなかったのだ。
街頭で二人並んで空き缶の前に座り込む。ツヴァイ達はものも言わずにわずかばかり溜まった紙幣を見ていた。パン一つ買えるかどうか分からない様子だ。痩せこけた幼い体にはそろそろ限界が訪れる。ツヴァイは三日三晩もう食べていない。視界が朦朧としてくるのを感じた。それでも何も言わなかった。倒れる前に「ああ、これで弟の食料が増えるな」と思った。
「誰もが神に愛され生まれてきたのです。誰ひとりとして死んで良かった人間などいませんよ」
ステンドグラスから陽光が刺す。綺麗に並べられた長椅子がニ列で並んでいる。教会の中で白い髭を生やした神父がツヴァイに言った。
「じゃあ、なんで俺たちはこんな目にあわなくちゃならないんだ」
ツヴァイは目を鋭くして言う。
「未来に幸せになるためですよ」
ツヴァイには神父の思考が理解できなかった。
「剣をさやに納めなさい。剣を取るもの皆、剣で滅びる」
神父が穏やかに聖書を持って読む。
「暴力に対して暴力で立ち向かってはなりません。なんにもなりはしませんよ。悲しみが続いていくだけです」
孤児院の子どもたちはお行儀よく座っている中、ツヴァイはブスっとした顔で神父を見ている。ユリアンは兄の肩を叩く。
「兄さん……真面目に聞こうよ」
「分かってるさ。どうにも理解できないだけだ。なんとかなるわけがないだろ。オレたちは何もしなければ奪われ続けるだけだ」
ツヴァイは明後日の方向を向いた。
月光の下で、ツヴァイは鉄兜を深く被り直す。対して命中しないライフルの泥を拭った。ユリアンはぼーとした目で塹壕の中で丸まっている。
「大丈夫か、ユリアン」
「兄さんこそ」
「オレは問題ない」
ツヴァイは配給された硬いパンを何度も何度も噛みながら空腹を誤魔化す。食料はほとんどない。先程から連続的に砲撃が行われ、兵士たちが精神と肉体をすり減らしている。ツヴァイが右側を見ると。上官が塹壕から飛び出ようとしてた男を殴って地面に倒していた。きっと気が狂って逃げようとしたのだろう。ツヴァイも自分の体が銃声が鳴るたびに震えていることに気づく。
「地獄絵図だな」
ツヴァイは毒づいた。
「行ってこいよ、アーダルベルト。それともチビッたか?」
ゲラゲラと笑いながら不揃いな歯を見せて上官が言う。ツヴァイはこの男が心底嫌いだった。
「了解。敵の位置を確認すれば良いんだろう?」
「ああ、そうさ。死ににいくんじゃないぞ」
ツヴァイはぼーとしている弟を一瞥し塹壕を歩き始めた。
泥に顔をつけながら匍匐前進。地面には幾つもの砲弾跡が空いていた。遠方からズドンという心臓に響く音が聞こえた。敵の塹壕の端が見えた。
ツヴァイは警戒して銃を構える。少なくとも見える範囲にはいない。周りの人間の音が聞こえない。敵が居ないと判断。ゆっくりと這いつくばりぎりぎりまで接近。塹壕に飛び込んだ。もぬけの殻だ。冷却水もない機関銃が敵の陣地に放置されている。嫌な予感がした。後方から雄叫びが聞こえた。連続的に不快な銃声が鳴り響く。ツヴァイは急いでもと来た道を引き返した。
ゲラゲラとツヴァイの理解できない言語で笑い声が聞こえる。焦る気持ちで自分たちが潜んでいた塹壕を見た。誰もが名前を失っていた。顎は銃弾が当たって砕けていて誰だが分からない。懸命に弟を探したが、ツヴァイにはどの肉塊が弟なのかすら分からなかった。ただその光景を見ていた。
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