第38話

 結仁たちが進んでいると小野寺が壁にもたれ掛かっていた。藍は急いで近寄る。小野寺の右腕は血だらけでだらりと力が入っていない。体中に裂傷の跡がある。

「何があったの!?」

「藍か……本物の人造吸血鬼がいる。」

 藍はぎょっとして結仁を見る。結仁には分からない。結仁の中のゼブルウイルスは何も反応していない。

「何も感じません」

「どういこと……」

 藍は混乱しながらも小野寺の止血を始める。

「佐藤は……」

「どっかの壁に叩きつけられて気絶してる。死んではいない。殺されることもない。あの二人は自分たちの闘争しか頭になさそうだ」

 小野寺は血を吐き出しながら言う。

「結仁君は本当に何も感じないの?」

「感じません。分かりません……」

 結仁は震える声で言う。結仁は紫乃への手かがりを失ったことに愕然とする。藍は舌打ちをして小野寺の小銃を奪い取って結仁に渡す。

「それを持ってすぐに出なさい! 小野寺の話が本当なら私はさっさと佐藤だけでも回収するわ。小野寺頼んだわ!」

 結仁が口を開く前に藍は飛び出す。結仁は呆然と立ちすくんでいた。

「小野寺さん……紫乃はいたんですか?」

 長い間口にしていなかったように感じるその名前を結仁は言う。小野寺は首を振った。

「ただ金髪の女がいた。白い肌をした氷のような女だ。……お前とは関係はない」

 結仁はそれを聞いて嫌な予感を覚える。突然藍の後を追うように走り出す。

「おい待て結仁! 止まれ!!」

 小野寺は走り出した結仁に掴みかかろうとする。痛みで身体が動かない。小野寺は這いつくばって結仁に手を伸ばす。咄嗟にポケットからハンドガンを取り出して結仁の足首に狙い定める。だが引き金を引けなかった。

「クソッ!」

 小野寺は歯を食いしばって言った。


 結仁が広い空間に出た瞬間。右隣を何かが高速で飛んでいった。慌てて振り返ると藍が頭から血を流して倒れていた。咄嗟に近寄ろうと手を伸ばす。

「気にするな結仁。ちゃんと死なないように投げ飛ばしている」

 低い落ち着いた男の声。結仁が振り向くと、無地の黒のシャツ金の毛皮のコート、青のダメージジーンズ。左耳のイヤリングがギラリと光った。ツヴァイだ。彼の目は燃え盛るように暗闇に赤く赤く、どこまでも真紅に光っている。右足の下には金色の髪の女が倒れている。服は見るも無残にボロボロだ。右腕は千切れて骨が見えている。膝辺りから破れた赤のロングスカートが見えた。

「エルヴィア……さん!」

 結仁は乾いた唇でその名を呼ぶ。その言葉に反応して首が持ち上がる。傷だらけでもなお美しさは保たれている。鈍く弱々しく赤く光った眼球は自分の身などどうでもいいかのようにぎょっと見開かれた。

「何してるの! 結仁、何で、何で貴方がここに来るのよ。早く逃げ――」

「黙れ!」

 ツヴァイに頭を押しつぶされてエルヴィアは顔面を地面に押しつけられる。ツヴァイは結仁を見た。

「奇遇だな。フィア。結仁は俺の知り合いでもある。久しぶりだな」

 ツヴァイは凄惨たる光景など気にした様子もなくいつものように結仁に言った。

「何してるんですか? ツヴァイさん!?」

 ツヴァイは足元のエルヴィアを確認。結仁を見る。

「見て分からないか? 人造吸血鬼を処分している」

 感情を押し殺したような声で言う。

「貴方は……違うんですか?」

 結仁は赤い眼球でツヴァイを見る。

「俺も人造吸血鬼だ。だからどうした」

 結仁にはなぜこの状況が起こっているのか想像できなかった。疑問だけがぐるぐると頭の中を巡回する。

「結仁……すぐさまここから去れ。そして金輪際、そこに倒れている女たちと関わるな」

「何言ってるんですかツヴァイさん! 分かりませんよ!?」

 ツヴァイはギロリと結仁を睨む。ツヴァイの視線に恐怖を感じ背負っていた刃を抜いた。

「そんな刀ではオレは殺せない」

 結仁は震える腕で必死に刀を構える。結仁の息があがる。視界が狂い歪む。

「結仁……貴様はベルゼの奴らに憤っていたな! 何の意味もなく人を殺す人間に! コイツはまさしくそれだ!!」

 エルヴィアは突然、頭に乗ったツヴァイの足に狂ったように爪を振りかざす。ツヴァイは頭が潰れそうなど足で抑えつける。

「十年ほど前! コイツはどこぞの家の人間に突っ込んで人を食い荒らした。オレは確実に殺したつもりだった! 家が爆発するほどの衝撃だ……まさか本当に生きているとは!!」

「あああああああああ!!」

 エルヴィアは泣きじゃくりながら自分の生え始めていた右腕を噛み切った。噴出した血液が剣山を形成。ツヴァイは咄嗟に後ろに飛んだ。結仁は横を通り過ぎるエルヴィアを呆然と見た。成熟した顔にも関わらず子供のように泣きじゃくっていた。その姿はいつも不安そうに怯えている紫乃そっくりだった。一度そう認識するとそうとしか見えない。長い日本人離れした茶髪は本当に日本人なんかじゃなかったからだ。白い肌も全部。全部、嘘偽りできていた。

「お前が……お前が母さんや父さんを殺したのか?」

 結仁の問いかけにエルヴィアは答えなかった。勢いよく出口へと走り去る。反射的に横に刃を振った。刃の目の前でツヴァイは静止していた。エルヴィアは既に二人の視界から消えている。

「なぜ守る! あれは殺人鬼だぞ!!」

 ツヴァイは深い海色の瞳で結仁を見る。結仁はそれでも刃を構えていた。

「無理だ。逃げられた……」

 ツヴァイは忌々しげに結仁を一瞥。横を通り過ぎる。

「ツヴァイさん……貴方が燃やした家ってどこですか?」

 結仁は震える声で聞く。否定してほしいと懇願するように。

「お前と一度会ったことがある場所だ。結仁……お前がなんと言おうとオレがフィアを殺す」

 結仁は膝から崩れ落ちた。

「それが嫌ならば……何かもを捨てるだな。捨てなければ何一つ成し遂げられない」

 ツヴィアは言い切った。


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