第35話
「います!」
空は暗く冷たい。結仁は隣を歩いていた小野寺に向かって言った。
「分かった。俺が先行する」
小野寺は勢いよく周囲を走り回る。虱潰しにルートを通っていく。結仁は意識を集中させながら小野寺を追う。小野寺は急停止。
「北北東から金属音。誰かが戦っている。佐藤と藍の位置は」
「周囲にはいません」
「ならば噂の別勢力か。それか仲間割れだな」
小野寺は背中のリュックから刀を取り出し、抜刀。銀色の光が月明かりで反射した。
右手につけたメリケンサックで学は敵の拳を防いだ。ナイフさえ弾けるはずの武器は男の拳で凹む。赤い目をした白人の男は狂った獣のようにうめき声をあげながら骨が曲がった自分の右手を見る。ゴキゴキと異常な音をたてて右手の骨がもとに戻った。
「まじの化物か!!」
学は背筋に冷たいものを感じる。いくら喧嘩なれしているといっても非現実的存在への恐怖はかき消せない。
「大丈夫ですよ。我々の存在に気づいた敏い少年、運が良ければ貴方は英雄になれます」
「何がヒーローだ。日本語喋れよ!」
学は踏み込み、右拳を突き出す。男が反応した瞬間。左ストレート。学がフェイントに惑わされた男の顔面を殴りつける。あまりの威力に地面に倒れる。時を戻すように男は平然と立ち上がった。左頬の肉がえぐれている。痛々しい傷は急激に治り始める。
「喧嘩なれしてますね。嘆かわしいことです。未来ではそんな能力は必要なくなりますよ」
「さっきからごちゃごちゃうるせぇ!」
学は一気に敵に接近。男も迎え撃つように地面を蹴って走る。学は相手の頭蓋に向かって拳を突き出す。顔面にクリーンヒット。だが男は血でずれ落ちながら学の腰に飛びかかった。学は男のタックルに押し倒される。男は素早く学の右手を強く握った。
「いってぇ!!」
「大丈夫ですよ。感染するともっと痛い。信じられないほどにね……」
「それは全然大丈夫じゃねぇ!」
男は閉じていた口を開く。鋭い白色の牙がむき出しになった。結仁は生理的嫌悪感を感じる。左腕で男の腹を殴りつけた。男は無反応。そのまま学の首筋へと顔を近づける。学は恐怖で目をつぶった。
骨が曲がる音が聞こえた。学が恐る恐る目を開けると男の首は90°以上右に回転している。男は学の身体に意識を失って倒れる。学は咄嗟に蹴り飛ばした。
「首を切り飛ばす。足止めを頼む結仁」
小野寺は警棒を放り投げるとすぐさま判断。
「了解」
結仁は赤くなった目で敵と襲われている被害者を見る。走りながら一気に警棒を振り抜く。蹴り飛ばされた半吸血鬼は曲がった首を一気に再生。もとの位置に戻った瞬間。結仁の右スイングが顔面を叩いた。男は頭から出血。意識が朦朧とする。目の前には小野寺が迫っていた。
「獣に祈りは必要ない」
小野寺は銀の刃で男の首を切った。男の目から生気が消える。首が身体から地面に滑り落ちた。
「大丈夫ですか!!」
結仁は急いで被害者に駆け寄る。小野寺は用心深く剣を構える。
「何やってんだ結仁?」
「えっ!?」
結仁は学の顔を見て硬直する。結仁と学が見つめ合ってる様子を見て小野寺は刀をしまった。学は何度か殴られて吹き出た鼻血を拭う。目の前にはやっぱり結仁がいた。
「えーと……えー」
結仁は咄嗟に混乱した頭で辻褄の合う嘘を考えようとする。慌てている結仁を見て、学は冷静さを取り戻した。結仁の両肩に手をおく。
「あんがと……助けてくれて」
「ああ、うん」
学は痛む身体を無視して一人で立ち上がる。
「結仁の知り合いか?」
小野寺が学に近づきながら言う。学は小野寺を鋭く睨む。小野寺は止まった。
「幸い何事もないようだ。先程見たことは金輪際口にするな。忘れろ」
「あんたら……何もんだ」
「答えれば更に面倒になる。……黙って帰ってくれ」
「……じゃあ一つだけ、あんた結仁の敵じゃないよな?」
学は小野寺を睨みつける。
「敵対はしていない」
「ならそれでいいけどさ」
学は結仁の肩を叩いた。結仁は怯えた表情で学を見る。
「何も聞かねぇよ。お前は俺の友達だからな。信じる」
学はそれだけ言って立ち去った。
「俺は何やってんだか」
学は風で痛む鼻を拭いながらひとり言う。まったく何も考えてなかった。結仁が最近、寝不足ばかりなのも妹を諦めて堕落しているものだとばかり思っていた。けど違った未だに妹の亡霊を追い続けているあらゆる手段を使っている。学は曇り空を見た。
「過去にしがみついてんじゃなぇよ俺。今の友達……楓や結仁さえ守れなくて何が正しいことがしたいだ。ヘドが出る!」
学は拳を開いてちっぽけな手のひらを見た。守りたくなった人間にあっさりと守られてしまった弱い拳。昔の栄光などとうに亡くなっている。
「別のやり方を探すって決めたじゃねぇか。暴力じゃ根本的には何も解決しねぇ。……帰ってリセットだ。俺じゃきっとあいつらには勝てない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます