第33話
結仁は藍たちに連絡しようと何度かスマホを取ったが結局連絡はしなかった。ニックのあの口ぶりからして相当の自信があるのだろう。諦めて帰ることにした。
寂しげな夕暮れの寒空を見上げる。日が落ちるのもすっかり早くなってしまった。
「何が何だか分からない」
結仁は通路に向かって愚痴る。ニックがベルゼということをツヴァイは知ってるのだろうか、それとも無関係なのか。結仁には分からない。ただ裏切られた気分だった。
「どうしたの結仁君」
旋律のような女性の声が聞こえた。通路中央にエルヴィアが立っていた。金髪が淡い夕暮れを受けて赤く輝いている。前見たときと同じ黒のTシャツと赤いズボンというラフな格好だ。わずかに盛り上がった胸が女を主張している。
「エルヴィアさん……こんなところで何してるんですか?」
結仁は苦しさを押し殺して笑顔を作った。エルヴィアは心配そうに結仁を見た。
「結仁君。……貴方酷い顔してるわよ」
「ちょっと嫌なことがあったんです」
エルヴィアは結仁の言葉を聞くとすっと横に立って並んだ。
「えっと、どうしたんですか?」
「私の昔の知り合いがね……言ってたのよ。泣きそうなやつが居たら横に立ってやれって。たぶん……あの人は口下手だっただけど」
微笑みながらエルヴィアは言う。結仁はツヴァイも同じようなことをしていたなと思った。ぽんっと絹のように柔らかな白色の指が結仁の黒髪を撫でた。
「くすぐったいです」
「ふふふ、良いじゃない。私けっこう人のお世話するのが好きになったのよ」
お世辞などではない喜色を含んだ声でエルヴィアは言う。
「何かあったの?」
「勝手に信じて裏切られただけです」
「そう」
エルヴィアは息を呑みながら言う。
「ずっと裏切られてて……皆いつかいなくなるんじゃないかって不安になるんです。友達も、あの人達も妹や両親みたいにいなくなるんじゃないかって」
結仁は言葉を一度吐き出すと止まらなかった。線が壊れた蛇口のように不安や不満を吐露する。エルヴィアはただ頷きながら聞いていた。
そうしている内に日が落ちてしまった。空は暗く染まっている。結仁は赤くなった目でエルヴィアを見た。
「その……すいません。面倒なことしちゃって」
「いいわよ。それが友達ってものじゃない」
「二回会っただけですけどね」
「あら友だちになるのに時間は関係ないってよく言うでしょ」
「それ恋人ですよ」
「そうだったのかしら?」
エルヴィアはクスクスと笑う。結仁は毒を吐き出して少しだけ楽になった気がした。
「妹さんのこと恨んでる?」
エルヴィアは不安そうな目で結仁に聞いてくる。
「……恨んでなんていませんよ。ただ何で何も言ってくれないんだってずっと思ってます。どうして頼ってくれないんだって。ぼくが不甲斐なかったからなのかなってずっと思ってる。だから恨んではいませんよ。けど返ってきたらビンタします。怒ります。今回ばかりは部屋に引きこもります」
「……そうしたらきっと妹さんも反省してくれるわよ」
「そのためにも見つけなきゃいけませんね。エルヴィアさんもぼくの妹を見つけたら言ってくれませんか?」
「どんな子なの?」
「世界で一番可愛い妹です」
結仁は断言した。エルヴィは恥ずかしそうに視線をそらした。
「死体が見つかったわ。首と腕が千切られてた」
武道場で休んでいた結仁たちに藍が言う。
「紫乃の情報は!?」
結仁は疲れた身体を無視して立ち上がった。藍は無言で首を振る。結仁は意気消沈して座った。
「分からないわ。結晶化能力を使っても時間が経ったら痕跡は残らない。……ただベルゼとは異なる勢力である可能性は高いわ。死んでるのはベルゼの人間。仲間割れじゃなければ別派閥ね。考えられるケースは、ベルゼとは異なるウイルスを研究する組織。もしくは……」
「別の人造吸血鬼か?」
佐藤が忌々しげに言う。
「目撃者からの情報によると吸血鬼の姿は西洋人の女性。白い肌と金髪、そうとう見た目麗しかったらしいわ」
「へぇー、外人か。小野寺の趣味に合ってそうだ」
「ふむ」
小野寺はその言葉を聞いて考え込む。
「確かにそれは否定しないな。外人キャラの良さというのは底しれぬものがある。まずニタイプ居るな。『外国から来た外国人』と『元々日本に住んでる外国人だ』。前者はだいたい主人公が助ける。変な日本語が心踊るな。後者は見た目だけだ。あれは……本当に外国人なのか?」
「何一人でくだらない妄想しているのよ!」
「くだらないとは失礼な。哲学的思考だ」
藍と小野寺が言いあいを始める。結仁は藍が言っていた容姿を聞いてどこかエルヴィアと似ているなと思ったが、白人のブロンドはそこまで珍しくないことに気づいた。
「藍」
「なに!?」
藍が小野寺の胸ぐらを掴みながら佐藤に返事をする。
「大学と病院の方はどうだった? 俺たちも張り込みをしたがろくな情報がない」
「成果なし。ただどうも最近のウイルスの出現位置がその周辺に多いのは確実だから……強硬手段に出るべきね」
「やっとか……俺は最初からやるべきだと思ってた」
佐藤が言う。
「それじゃ次の土曜日。佐藤と小野寺は浅葉病院。私と結仁組君で高度先端大学に行ってみるわ」
「はい!」
結仁は元気よく返事をした。
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