第32話

「やあやあ、久しぶりだね結仁君」

「はあー、どうしたんですかニックさん」

 結仁は休日に突然かかってきた電話に応答する。

「随分と機嫌が悪そうだね。……今忙しいのかい?」

「今日は休日なので家でゴロゴロしてます」

 結仁は寝転びながら言う。

「じゃあいいタイミング。ボクの予想は的中だった。ちょっと食事にでも来ないかい。食事代は奢るからさ」

 結仁はごくりと喉がなった。書店でのアルバイトをやめているため若干金欠気味だ。最初は自分の貯金があったが最近はない。

「……良いですけど。どこですか?」

「うーん、BCで良いんじゃない。バーニングチキン結構美味しいぜ」

「分かりました。場所は……?」

「QUARKの近くのやつ。野暮用でそこら辺に用があるんだ。じゃあ十二時ぐらいで良いかな?」

「はい、よろしくお願いします」

「そう畏まらないでくれよ。バーイ!」

 ぷつりと電話が途切れる。結仁は相変わらず変な人だと思った。とはいえ食事代がわずかでも浮くのはありがたい。時間になるまでゲームをすることにした。紫乃がいないことを考えないために。


「いやー、久しぶりだね。結仁君。何ヶ月ぶりかな?」

「三ヶ月は経ってます」

「忘れられてなくて安心した」

 ニックはツーブロックの金髪を撫でながら言う。青のYシャツとジーンズというシンプルな服装だ。

「兄妹みたいな服のチョイスだ」

 ニックは結仁の黒シャツを見て言う。

「いつもこれなんですよ。服を選ぶのが面倒なので。妹に服を買ってもらったんですけど使う機会がなさそうです」

「そんなんじゃ女の子は捕まえられないぞー」

「いいんですよ。求めていないので」

 結仁は口を尖らせて言う。

「そんなこと言うなよ。きっと君を好きな人もいるさ」

 ニックは言いながらチェーン店に入っていく。サンタクロースのような人物のオブジェクトが店に前に立っていた。

 店内は結仁と同い年ぐらいの学生たちで賑わっている。

「骨付きチキンのボックスを頼むよお嬢さん」

 ニックの言葉にアルバイトの店員は赤面する。ニックは意外と女性ウケする顔らしい。長身でスマート。分からなくもないと結仁は思った。

「結仁君は何頼む?」

「えーとじゃあ、照り焼きバーガーでお願いします」

「グレイト! ナイスチェイスだ。では照り焼きを追加で二つ。照り焼きは日本の文化遺産だからね」


「この甘辛いタレとレタスの組み合わせがたまらないんだよねー」

 ニックは結仁の前で豪快にバーガーを口に入れる。

「たびたび会食には誘われる身なんだが……どうにも金のかかった料理は性に合わない。美味しいのは美味しいんだがね。刺激が足りないよ」

「……どうして食事に誘ってくれたんですか?」

 ニックはその言葉に怪しく笑う。

「せっかちだねー。結仁君。……事件があってね、ボクの仲間がいなくなる」

「はぁー、職場ですか?」

「そうだよ。立派な仕事さ。どうも命からがら逃げてきた仲間がぼくにこう言うんだ。『子供がいた。明らかにウイルスに反応してる』ってね」

「はッ!?」

 結仁は大声を出す。周りから視線が集まる。頭の中を言葉が反復する。「ウイルスに反応してる」「ウイルス」ニックは平然とその言葉を言った。結仁は何か別の病気かと考えるがどう考えてもウイルスに反応する人間なんて……。結仁は咄嗟に立ち上がろうとする。ニックは叫ぼうとした結仁の前で人差し指を口に合わせた。

「しーだよ。結仁君。気持ちはわかるけどね。ボクは所詮下っ端さ。殺したところで何になる。今君がボクを殴りつけたら君は刑務所行きさ」

 結仁は警戒しながら腰を下ろす。

「君は賢いな結仁君。大局を見れるのは才能だよ」

「……どうしてベルゼに協力しているんですか?」

 結仁は恐る恐る考えていた疑問を口にする。

「人類の幸福のためってのが真実だね。NPOとかと一緒さ、誰かの役に立ちたい。そういう思いでボクらは動いてる。けど一枚岩じゃない。暴力的な奴も中にはいる。その結果があのQUARKでの事件」

「本当にそれが人のためになると考えてるんですか……人が死んでるのに?」

「結仁君……人が死ぬのは当たり前だよ。重要なのは誰を選ぶのかだ。屑が生き残るか心優しい人間が生き残るかその戦争さ」

「そんなこと……理解できません。俺をどうする気ですか?」

「どうもしない。少なくともボクは君に死んでほしいとは思ってないよ。ベルゼの大半の人間は殺したくて人を殺してるんじゃない。より多くの人を救うためにボクらは動いている。そのための人造吸血鬼さ。あの技術はどんな難病の人間も救える可能性がある。結仁君。君は今すぐ日本特殊警察隊に関わるのを辞めるべきだ。身の安全は保証はできない」

「ニックさんの話は理解できません……」

「できないんじゃない。君はしたくないだけさ。大半の人間はそうだ。ボクが君を呼び出した要件はそれだけだよ。話は終わったから呼びたかったら君の友達でも呼んだら言い。ボクは捕まらないけどね」

 結仁は今ここでニックを捕らえるべきかどうか迷っていた。

「君がボクを殺す前に……ボクは少なくとも周りの人間を10人は殺せる」

「……ふざけてるんですか?」

 結仁は怒気を込めて言う。ニックは平然とした顔で周囲の人間を見る。

「ふざけてないよ。自衛手段さ」

 ニックはトレイを持って食べ終わった料理を運ぶ。

「じゃあ……また機会があれば会おう。良い判断を期待している」

 結仁はニックが出ていくのを呆然と見ていた。


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