第29話

 宛もなく結仁は彷徨っていた。早朝から地下鉄を乗り継いで両親の家の前を歩く。そこにはもう何もなくてただの更地だった。代わり映えしない周りのアパート、マンション、民家。ずっと変わらない。変わったのは結仁の状況だけで周りは何の影響も受けない。漠然とその事実を恨んでいた。リビングデッドのようにダラダラと歩く。妹が帰っていないかと。

「結仁、何をしてるんだ?」

 結仁がはっとして意識を取り戻すと、目の前に大柄な男が立っていた。ツヴァイだ。

「えーと……ちょっと散歩です」

「やめておいたほうが良いな。顔がやつれている」

 結仁は言われて自分の顔を触る。自分ではどうなっているか分からなかった。そんなにひどい顔をしているだろうかと結仁は思った。昨日は休みだったからちゃんと寝たはずなのに。

「オレから見たら今にも死にそうに見える。自殺など考えていないだろうな」

「……考えてないですよ」

 結仁は笑って返す。まだ死ぬ気はない。まだ紫乃が見つかるまでは。ツヴァイが疑問を込めた眼差しで見てくる。空色の瞳に結仁は心が見透かされているような気持ちになった。

「人探しか……」

「えっ、どうして分かったんですか」

 結仁は驚いて声をあげる。ツヴァイはじっと考え込む。

「オレの動きと似ていると感じたからだ。ちょうど今、人を探していた」

「どんな人ですか?」

「さあな。どんな奴なんだろう。候補が何人か居るが……たぶん今回は女だな」

 ツヴァイは空を見上げる。

「見つかってほしくないと思っている自分もいる。迷ってばかりだオレは」

「見つからないんですか?」

「かれこれ10年以上探してる」

「えっ、ツヴァイさんって今何歳なんですか」

「……28歳だ」

「見た目より年取ってますね」

「若作りなだけだ。日本人ではないがオレの友人も皆例外なく若作りだと思うぞ」

「どんな友人ですか……」

 結仁はくすりと笑う。少しだけ泥のように沈殿していた暗い心がましになった気がした。

「妹を探してるんです。綺麗な茶髪の女の子で中学生。三ヶ月前、いなくなりました。それ以来見てません」

 ツヴァイは空を見上げた結仁を見つめる。

「見つけたら連絡しよう」

「ありがとうございます。じゃ、連絡先を交換しましょう」

「ああ」

 ツヴァイが手渡したスマホを操作して結仁は友達登録をする。

「オレにも兄妹がいた」

 誰に話しかけるでもなくツヴァイは語る。

「弟だった。良いやつで、誰にでも好かれるどうしようもなく甘い奴でな」

「嫌いだったんですか?」

「愛していた。それだけは断言できる、オレは家族を愛していた。色々とオレの家庭は複雑なんだ。新しい兄ができたり妹がいたりだ。新しい兄はそれはもうとんでもない人間だった。人の悪事一つ一つにわざわざ心を痛めてそれでも生きていける超人だった。でかい方の妹は適当奴でな。気の強い女で、オレは苦手だった。一番の下の妹は……随分と幼い性格だった。図体だけが成長してる。若返りの薬でも飲んだのかと思うほどだ」

 微笑みながらツヴァイは喋る。

「探してるんですか?」

 結仁の言葉にツヴァイが顔を曇らせる。

「ああ探してるけど、昔のようには喋れないだろうな」

「……ぼくもそんな気分です。なんたって妹に家出されたんですから。もしかしたらちょっと黙ってしまうかも知れません。けどぼくはそれでも妹に会いたいんです。ありがとうございます。ツヴァイさん、もっとやる気が出ました」

「そうか、なら良かった。オレは口下手だからな。よく弟から言われてるんだ。『兄貴は色々急すぎるって』」

「確かに、普通ほとんど知り合いでもない人を心配して話しかけたりしませんよ」

「日本は治安がいいと聞いていたが」

「治安と、絆は別物ですよ。治安がいいのは皆他人に興味がないだけなんです。気づかないように傷つかないように距離をとってる。ぼくと紫乃も本当はそんな感じだったのかな?」

 結仁は自嘲気味に笑った。

「オレは違うと思う。妹とはどれぐらい過ごしてるんだ?」

「産まれた時からずっとです。ずっと一緒に居ます。……たぶん」

「ならば嫌われているということはないな。人間の精神などそう長くは持たない。せいぜい持って二三年だろう。常日頃から精神を張り詰めていられる人間など見たことがない。人は意外と脆い。お前のことをそれなりに気に入ってると見ていいだろう」

「ありがとうございます。ツヴァイさん」

 結仁は一歩前に進む。

「ちょっと勇気が出てきましたよ。たった三ヶ月でぼくは妹を探すことを諦めそうになってことに気づきました。紫乃はずっとぼくを支えてくれてたんです。だからそれと同じぐらいは探しますよ」

「10年は経ちそうだな。その頃にはオレと同じ枯れた大人だ」

「けど、気持ちだけは変わらない自信があります。ぼくは妹が好きなので」

 結仁は爽やかな笑みする。ツヴァイは呆然とその顔を見ていた。

「行ってきますツヴァイさん」

「ああ……」

 ツヴァイは走っていく結仁を見ていた。

「さすがに散々な目にあった場所に戻るほど愚かではない……か?」

 ツヴァイは呟いた。

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