第26話
藍は朝早くから建物の隙間に隠れながら双眼鏡を構えていた。レンズの先には結仁と紫乃が並んで歩く姿。紫乃の髪はいつもと違ってストレートの長髪だった。
「二人!」
結仁がドヤ顔で宣言する。聞いた紫乃は「はあー」と深いため息をつく。
「何で友達二人しかいないのにそれだけ自信満々なの?」
「紫乃……友達は数じゃなくて質だよ。量より質さ」
「そんな料理みたいな話ではありません。私はお兄ちゃんの友達が少ない事が心配なんです。私がいなかったらどうするの?」
「途方に暮れる」
結仁は断言する。紫乃は仁の手を握った。ゆっくりと熱を味わうように。
「紫乃……なんかあったの?」
「何でもない。ちょっと繋ぎたくなっただけ。駄目?」
紫乃は恥ずかしそうに俯きながら言う。
「ぼくも紫乃の手を握るのは嫌いじゃないよ」
紫乃はくすりと笑う。
「どうせ、お兄ちゃんできるからでしょ?」
「良くわかったね。内の妹はエスパーなのかな」
「10年ぐらい一緒に過ごしてたら分かるよ」
「13年だよ。産まれた時から一緒に過ごしてるんだから」
「お兄ちゃん細かい」
紫乃は憂いを込めた目で言う。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「うん?」
「もし私が一人暮らしするようになったら楓さんを頼ったら良いよ。あの人、凄く勘がいいから」
「楓が良い奴なのは認めるけど……相当なことがないと助けてくれなさそうだ」
「……何言ってるの、お兄ちゃんが本気でお願いすればイチコロだよ」
「紫乃は一体、楓を何だと思ってるの?」
「お兄ちゃんの嫁候補」
「違うからね」
結仁はばっさり否定した。
「相変わらず兄妹とは思えないぐらいイチャイチャしてるわね。胸焼けしそうだわ」
藍は立ち止まって独り言を呟く。藍の内側に湧いた疑惑の真偽はまだ分からない。あのシュシュの残骸……確かに紫乃が身につけたいたはずだと藍は確信していた。
藍はコンビニで買ったシーチキンのおにぎりを頬張りながら寒い夜を過ごしていた。
「何もなし……外れかしら?」
結仁たちを放課後も監視して諜報活動を行っていたが大した成果はない。あの兄妹は本当に仲が良いとことが再確認できただけだ。あんな妹なら結仁が溺愛するのも分かると藍は思った。だからこそ違和感。不意に結仁の家の窓から高速で動く影が飛び出るのを双眼鏡が捉えた。藍は緩んでいた気を引き締める。影の飛んだ方向に全速力で走った。
角を曲がった先で藍は気味の悪さに口を覆った。赤い目をした人間が倒れている。目は完全に腐っており生気がない。腕にはまち針のように赤い針が刺さっている。背後に居た影は真っ赤などす黒い刃で躯の首を切り落とした。藍はすぐさま特殊警棒を伸ばし戦闘態勢に入る。
夜も凍るような表情で紫乃は藍を見ていた。鮮やかな金髪が生暖かい風に揺れている。眼球は底の底を見続けても赤いままで正常に戻る気配はない。真紅の眼球こそがもはや紫乃の目なのだ。
藍は荒れる呼吸を整えて怪物に近寄る。凍てつくような視線に恐怖で足が止まりそうになる。これは躯やベルゼの半吸血鬼とはまったく異なるものだと直感的に理解する。空気は泥のようにへばりついて藍を固定しようとする。
「紫乃さん……よね。人違いだったら嬉しいのだけど」
恐怖で笑いが込み上げてくる。こんな存在と今まで平然と喋っていたことが信じられない。紫乃の判断次第で真紅の剣はざっくりと藍の首を斬り落とすだろう。仲間に報告すべきだと考えながらも、目を離せば死ぬことが分かっているためただ警棒を構えて立ち止まることしかできない。
紫乃はどうするべきか考えていた。殺す。それともそれ以外。「紫乃はぼくが守るよ」結仁の言葉と表情を思い出す。それがただ煩わしかった。彼女は確か結仁と知り合いだったはずだ、それも随分と仲が良さそうな。結仁が悲しむ。その考えだけで判断は決まった。地面を砕いて家屋の屋根に飛び上がる。藍は咄嗟に警棒を投げ槍の如く飛ばした。紫乃の右腕が薄く削れる、痛みが走る。紫乃は振り返ることなく獣の如く屋根を飛び回りながら逃走した。
藍は安心から地面にヘタレこんだ。頭に手を触れて自分が生きていることを確認する。躯の身体を固定していた結晶が溶けてただの血液に変わった。藍は地面に落ちた紫乃の血液を一瞥。電話を取り出す。
「当たりよ」
藍は電話に向かって言った。
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