第22話
結仁はQUARKの中にある服屋で立ち止まっていた。濁った目をしている。紫乃はそんな結仁の心情などお構いなしに二着の服を見比べていた。灰色のパーカーと赤のチェックのYシャツだ。
「どっちがいいと思うお兄ちゃん?」
「ぼくは黒のYシャツと黒のジーパンで良いです。黒づくめ最高!」
「……楓さんに笑われるよ」
「もう既に笑われてるよ。2,3回遊んだら、目ざとくぼくの服装が変わらないことを指摘してきた」
「あはは……ちゃんと選ぼうね」
紫乃は持ってきた服を結仁に合わせる。灰色のパーカーは少し大きい。結仁は周りの恨みがましい視線に身が縮こまる気分だった。
「お兄ちゃーん、ちゃんと着替えた?」
「恥ずかしいから呼ばないでよ」
結仁は先程店員に試着する時に見事「綺麗な彼女さんですね」と言われた。兄なんだけどなーと結仁は思った。どうも髪色が違って西洋人のような顔立ちをしている紫乃と一緒にいると完全に彼氏に見えるらしい。ただし釣り合っているとは思われていないだろう。
結仁は急いで服を着替えカーテンを開ける。紫乃はじーと結仁を見つめる。
「やっぱ違うね。お兄ちゃんはもっと格好良くなれるはず……」
さっきからこれの繰り返しである。ちなみに紫乃の購入する予定の服の数は5つだ。現在既に五着結仁は試着したが、一着しか決まっていない。尋常ならざるこだわりである。
「服なんてなんでもいいじゃん」
「お兄ちゃん……それ彼女いても言えるの?」
「言えるんじゃない?」
「駄目です許しません。神様が認めて私はお兄ちゃんがダサい服着てデートに行くなんて認めません」
予定ないんだけどなと結仁は思った。強いて言うなら今がデートだ。少なくとも周囲からはそう思われている。
結仁はげっそりとした顔で服の入った手提げ袋を持つ。ゾンビのような形相に店員の笑顔が引きつっていた。
「ということで私は頑張ってお兄ちゃんの服を選びました。なのでお兄ちゃんにも私の服を選んでほしいのです!」
紫乃は胸を張って言う。結仁は黙って袋の中から適当な服を取り出そうとした。紫乃にぺしりと腕を叩かれる。
「男物を渡さないでよ。私男じゃないから!」
「今どきの女性はズボンやYシャツぐらい大丈夫でしょ」
「甘いよお兄ちゃん。女の子は常に美しさに飢えているんだから」
「どう……お兄ちゃん」
暗い灰のフリルが満載のゴスロリ服だ。対象的に白い首元が妙に艶めかしい。
「可愛いです」
結仁は食い入るように紫乃を見つめる。買い物を頑張ったかいがあったと結仁は思った。モノクロに金髪、中世の貴婦人のように上品な質感の服。すべてが紫乃のために存在し創造されたのだと言っても過言ではない。紫乃は熱に浮かされたような結仁の目を見て目をそらす。
「お兄ちゃん公衆の前で妹に欲情しないで、恥ずかしいから」
「よ、欲情。いやいやしてないよ! 綺麗だなって思っただけだから!!」
結仁は我に返ってブンブンと腕を振って否定する。それでも結仁の視線は首元に寄っていた。紫乃は恥ずかしそうに首元を腕で隠す。
「これは駄目。お兄ちゃんの目に悪いので不採用!」
「可愛かったのに」
「……余裕、あったらね」
紫乃はさっさと着替えて試着室から出て新しい服を探し始める。かれこれ一時間は服を選んでいるが紫乃に飽きる気配はなかった。結仁は楽しそうな紫乃を見て心を和ませていると、じんわりとした熱を感じた。いつものことだと無視する。
「よし……うん。これで大丈夫」
紫乃は今まで試着した服から二つ選んで買った。朱色のカーディガンと結仁が絶賛したゴスロリ服だった。
紫乃は購入したゴスロリ服を見て思う。これはいつ着るのだろう。少なくとも外で着たいとは思わない。家専用になるのだろうか……それも良いかも知れないと紫乃は結仁の表情を思い出してくすりと笑った。紫乃は全身の毛が逆立つような感覚を感じた。じっと床を見つめた。歯ぎしりした後、何事もなかったかのように結仁に向かって歩いていく。
「お兄ちゃん……もう一個買いたい物できたから付いてきて」
結仁は幸せな表情で二つのぬいぐるみを見比べている紫乃を見ていた。こういう少し幼い趣味を紫乃が持っているのを見ると兄をやれている気がした。家では一切そんなことはない。
「お兄ちゃんはどっちが好み」
紫乃は白いウサギと黄色の狐のぬいぐるみを持ち上げて言う。結仁はどちらが紫乃の雰囲気に似合うだろう思案した。最近紫乃が意外と小悪魔系女子であることを認識していた結仁は狐を指差した。
「紫乃には狐が似合うよ」
「……ちなみにどういう理由で」
「最近、よくぼくが遊ばれてるから」
「遊ばれるお兄ちゃんが悪い」
頬を緩ませながら紫乃が言う。結仁は段々と眼球を襲う痛みが強くなっているのを感じた。不安感に苛まれ周りをチラチラと見る。紫乃は緩んだ表情をきつく締めて瞼を閉じた。
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