第18話
「今は元気ないから10時ぐらいになったら来て。昼間吸うの恥ずかしい」と奇妙な羞恥心と体力の無さを理由に紫乃は夜の十時に部屋を訪れるように結仁に言った。
結仁は紫乃が夕食はいらないと言ったので近くのコンビニで買ってきたマカロニサラダと脂っこいチキンで夕食を済ました。紫乃にバレたら怒られそうだと。結仁の食事は二人暮らしを始める前から紫乃によって管理されている。結仁が中学生の頃の紫乃は特に酷かった。学校帰りにコンビニの揚げ物を買って自室でゲームをしながら食べている姿を見た瞬間、紫乃は「結仁は死にたいんだね。どうしてそんな事するの。それは油の塊だよ」と真っ暗な底の見えない光なき瞳で言っていた。それは今でもトラウマとして焼き付いており極力、紫乃のいる前では食べないことにしていた。
約束の時間になったので結仁は紫乃の部屋の扉をノックする。
「いいよ……」
小紫乃の小さな声が聞こえた。結仁は恐る恐る扉を開ける。紫乃は依然として布団にくるまっていた。結仁は明かりのない紫乃の部屋の妖艶な雰囲気につばを飲み込んだ。ゴクリと喉が音を鳴らす。緊張で立ち止まる。許可は得ているのにも関わらず、寝室に忍び込んでいるような背徳感に結仁は襲われる。
「お兄ちゃーん。立ち止まってないで来て」
声が食虫植物の匂いのようになって結仁を誘う。結仁は内側にあるウイルスが目の前の女を渇望しているのを感じた。結仁が寝台の前に立つと紫乃は布団を放り投げた。ぼんやりとした膜がかったような瞳はわずかに赤くなっている。充血とは全く異なる純粋無垢な真紅。猫のような鋭い獣の目、捕食者の目だ。昨晩から着替えていないネグリジュは汗で張りつき薄く肌色を透かしている。右肩の紐がずれて真っ白な肩がむき出しになっている。
結仁は瞼を擦りながらこちらを見る紫乃の身体から目を離せなかった。金縛りにでもあったように立ち止まる。紫乃は結仁の視線が自分のはだけた服の隙間からのぞく肌に向いていることに気づいた。確認するように結仁の視線と自分の胸元を見比べる。
「……結仁はやっぱりエッチ」
紫乃は妖艶な微笑を浮かべて言った。結仁は「兄」として呼ばれなかったことに気づく。その瞬間、心臓が早鐘を打ち脈拍が増加。熱く滾る血流が全身を移動する。
紫乃は布団の中を這いずって移動する。引き出しにしまってあった小さな銀色のナイフを取り出した。刃を持って結仁にナイフを渡す。
「これで人差し指をちょっとだけ切って、それぐらいで結構マシになるから」
「う……うん」
結仁は紫乃の言葉で意識が現実に戻ってくる。完全に魅入られていた。紫乃の金髪は一日中寝転んでいたのでボサボサで秩序だっていない。それが尚更自堕落な少女を結仁にイメージさせる。
「お兄ちゃーん。戻ってきて」
結仁は紫乃に肩を触れられる。
「ごめん、えーとどうすればいいのかな」
結仁はまとわりつく煩悩を払って紫乃に目を向ける。
「だから人差し指をちょっとだけ切ってくれたらいい。それで私の口に落として」
「餌やりみたいだね」
結仁は恐る恐る少し震える手でゆっくりとナイフで指の腹を切る。ピリッとした痛みが走って血が浮いてくる。紫乃が口を開けた。口内に可愛らしい紫乃のピンク色の唇が動いている。結仁は口の上に右手の人差指を合わせた。
「お兄ひゃん、早く」
懇願するような紫乃の甘えた声に結仁はゾクリとした侵略的な感覚を覚える。自分が自分でなくなったような感覚。結仁がぼーとしていると徐々に徐々に重力に従って血が体内から押し出され雫を形成。ポタリと絶えきれなくなった血の玉が紫乃の舌に落ちた。紫乃はゴクリと喉を鳴らした。
結仁は紫乃が味わうように目を閉じている姿を見る。紫乃はゆっくりと瞼を開けた。
「もっとちょうだい。流石にそれだけじゃ足りないよ。ブンブン指を振ってくれてもいいよ……それとも焦らすのが好きなの?」
からかうような表情で紫乃は結仁を見る。結仁は急激に恥ずかしさを覚える。
「お兄ちゃーん。赤くなりすぎでしょ……可愛い」
「うっ、うるさい!」
わずかに残った自我で結仁は声を荒げる。その表紙に一滴、紫乃の白い頬に紅い雫が落ちた。紫乃はゆっくりと味わうように舌で自分の頬を舐め取る。結仁は次第に冷静になってきた。
「紫乃、実は結構熱が引いてるでしょ」
「……バレちゃった?」
紫乃はくすりと笑う。
「だって露骨に誘惑してくるんだもん」
「誘惑されてるって感じるんだー」
クスクスと紫乃は小悪魔のように笑う。結仁は身体の芯が熱くなるのを感じた。
「お兄ちゃんをからかわない! もう後は適当に振るよ」
「うん、どんどん来て」
その後はさっきまでの淫靡な雰囲気など消し飛んだ。ただひたすらに結仁は指を振って血を落とした。
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