第17話

 結仁はぼんやりと目を開ける。窓の外を見るともう日が昇っていた。珍しいこともあるものだと思って時計を見ると八時を過ぎていた。

「やばい!!」

 慌てて置いていたスマートフォンを確認すると今日は土曜日だった。結仁は安心してため息をつく。昨日はあの後、躯を放置し家に帰った。紫乃の言うところに寄ると死体が見つかって隠蔽されるらしい。おそらく特殊警察隊が対処するのだろう。

 結仁は布団から起き上がる。唐突に恐怖感が湧いてきた。紫乃はちゃんと居るのだろうか。不安になった。急いで自室の扉を開ける。

「紫乃ーー、おはよう!」

 返事がない。焦燥感が結仁を蝕む。リビングにはいない。紫乃の部屋の扉をガンガンと激しくノックする。

「紫乃紫乃、紫乃はいるのーー!」

「うーーーーーーー、うるさいぁ! お兄ちゃん頭痛いからそんなに音出さないで!」

 紫乃の唸り声が部屋から聞こえて、結仁そのまま勢いよく扉を開ける。赤色の布団が不自然に盛り上がっていた。扉のすぐ横で鮫のぬいぐるみが侵入者に立ちふさがる。

「大丈夫、紫乃!!」

 結仁はベッドの側による。返事がないので、そのままベッドをめくりあげた。赤いネグリジュは着崩れ紫乃の汗ばんだ胸が見えそうになっている。結仁は一瞬、引き寄せられるが自制した。

「お兄ちゃーーん! 布団取らないでよ。寒い!」

 まだまだ夏場だと言うのに紫乃は寒いと言う。

「大丈夫、紫乃?」

 結仁は紫乃が大事ないことに安心する。とりあえず紫乃のおでこに手を当ててみる。案の定、熱い。

「もしかして……結晶化能力を使うとそうなるの?」

「……そんなわけないじゃん。そうだったら私お兄ちゃんからずっと病弱だと思われてるー」

 紫乃はボーとした目で言う。紫乃は寝返りを打って結仁の顔を見ると、頬を恥ずかしそうに朱に染める。

「熱出ただけ。たぶん、昨日、寝間着のまま外でたからだ。お兄ちゃんも止めてよ~」

「そのままで良いって言ったの紫乃じゃん!」

「そうだけど……確かそんなこと言ってたけど。止めてよお兄ちゃん」

「ああ、もう。とりあえず紫乃は今日は大人しくしといて、せっかくだし買ってきてくれたコンロでも使って料理作るよ」

 結仁は慌てて台所に向かった。


 結仁はスマホでレシピを見ながら梅がゆを作り上げた。体温計を持って紫乃の部屋に入る。

「紫乃ー、ご飯できたよ」

「うん」

 紫乃は真っ赤なお気に入りの布団から頭だけを出して唸る。結仁は紫乃に体温計を渡す。

「ちゃんと脇に入れて」

「お兄ちゃん……脇が冷たい」

「そりゃ金属だからね」

 嫌がってる紫乃の頭を撫で落ち着かせる。紫乃は恨めしそうな顔をしながら手を払わなかった。


「38.6。38℃以上はあるね。今日も……もしかしたら明日も休んだほうが良いかも」

「もー……お兄ちゃん死んじゃ駄目だよ」

「紫乃が居なくても最低限の生活能力はあるから! 最低限だけど。それに本当に無理だったら楓に助けてもらうよ。楓は一人暮らしだし」

「……駄目です。お兄ちゃんの世話は私がします。楓さんにはまだ渡しません」

 緩んでいた表情を引き締めて紫乃は言う。結仁は苦笑い。

「どこにも行かないよ。じゃあ、お粥食べようか」

「うん」

 紫乃は小さく頷く。起き上がって壁に背を預ける。結仁は腰を曲げて姿勢を低くした。梅がゆをスプーンで少しだけすくって息で冷ます。

「はい、紫乃。あーーん」

 結仁が頬を膨らませて不機嫌そうな紫乃の口元にスプーンを持っていく。

「なんかお兄ちゃんにお世話されてると敗北した気分になるんだけど」

「そんなこと言ったらぼくは常に紫乃に屈服してることになる」

「お兄ちゃんはいいのー。私が養うって決めてるんだから」

「そんなことはお兄ちゃん認めません」

 小さく開いた紫乃の口が粥を食べる。紫乃は頬にくっついた米を赤く柔らかそうな舌で舐め取った。結仁がそれを何度か繰り返すと持っていた皿からお粥が消えていった。


「もう……いらない」

 八割ほど食べた頃、紫乃は言った。結仁はスープンにすくっていたお粥を自分で食べる。

「これぐらい食べれたら大丈夫でしょ。それにしてもゼブルウイルスにかかってても他の病気にかかるんだね」

「そりゃそうでしょ。インフルエンザだってA型とB型に両方かかったりするでしょ」

「確かに」

 結仁が立ち上がろうとすると、紫乃が袖を力なく引いてくる。

「どうしたの紫乃」

「お兄ちゃんの血が吸いたい」

「お兄ちゃん……血が吸いたい!?」

 結仁は確認するように復唱する。紫乃の顔が不満そうに歪んだ。

「嫌ならいい。自分でやるから」

「いや、いいけど。また激痛が走ったりしないよね。ぼくは次感染して生きてられてる自信がないんだけど」

 紫乃は再び布団に潜る。

「あれは直接牙を刺したから駄目なの、吸血鬼は血液の接触で感染するんだから与えられた血を飲むのはなんにも問題ない。それにちょっとだったら大丈夫だし」

「飲まなかったらどうなるの」

 紫乃は一瞬無言になった後、ポツリと呟く。

「3日ぐらいで死ぬ。そういう仕組みだから」

「じゃあ紫乃は確認取る必要なんてないよ。好きなだけ吸っていい」

「……お兄ちゃんのエッチ」

「なんで!」

 結仁は叫んだ。

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