第14話

「ありがとうございましたー」

 赤いエプロンを着た結仁は客に感謝を述べた。休日ということもあり午前中はまだ客足が細い。


「やぁ、久しぶりだね結仁君」

 入店したニックがカウンターの結仁に話しかける。彼の背後には一人の男が立っていた。がっしりとした体格の男で。背丈は長身のニックと張り合えそうなほどだ。左手には紫、銀、黄金の指輪が互い違いに嵌められている。左耳にはスパイクイリング。漆色のシャツの上に金色の毛皮のコート、青のダメージジーンズというただならぬ雰囲気の男性だ。結仁は一目見ただけで佇まいから格闘術の心得があることに気づいた。黒髪長髪の男はじっと結仁の感情を見透かそうと見ていた。ニックが男の肩に腕を回した。

「おーーい、ツヴァイ君。何でぼくの現地でできた友人にいきなりドスを利かせてんの?」

「似ているな……」

 ツヴァイと呼ばれた男はニックの腕を鬱陶しそうに払う。

「何でもない。少なくともお前には関係のないことだニック」

「ありゃりゃ、毎度毎度辛辣だねー」

 ニックはヒューと口笛を吹くと結仁に向き直った。

「結仁くん。よければ連絡先を交換しようじゃないか。異邦人のぼくには現地の人が心強い」

「大丈夫ですけど……たいした助けはできませんよ」

 「大丈夫さ」と言いながらニックはQRコードを見せてくる。結仁はLINK――個人間で主に利用されるSNSサービス――を起動してコードを読み取った。

「いやーありがとう。助かる――」

「これを買う」

 ニックの言葉を遮り、結仁の前にツヴァイが文庫本を置いてくる。「戦争の遺産」という本だ。結仁は料金を言ってお金を貰う。ツヴァイはその間も結仁を見ていた。

「えーと、そんなに見られても困ります」

「……すまない。不快だったか。少し知人に似ている気がしてな。懐かしい気分になった」

「どんな人なんですか?」

「ガキのような奴だ。強いくせに躊躇いばかり。……すまん。口下手なんだ許してくれ。そうだな、本人の前では言いたくはないがアイツは良いやつだと思うよ」

 過去を懐かしみながらツヴァイは言う。結仁はその姿がどこか遠いものを見ている時の紫乃に似ている気がした。

「ニック。オレは帰る」

 ツヴァイはニックの方を見もせずに店を出る。

「相変わらずせっかちな奴だ。彼女ができるか心配だよ。じゃっ、結仁君また会おう!」

 ニックは白い歯を見せてニカリと笑った。




 休日の午前中、結仁は寝転んだままライトノベルを読んでいた。ドSのお姉さんがヒロインだ。しかも作中で最強である。

「お兄ちゃーん」

 唐突に扉が開く。結仁驚いて本を落とす。頭の上に落下した。

「どうしたの?」

 結仁はできる限り怯えや不安を伝えないように言う。

「IHコンロを買ってきました。ので……今日は私と一緒にお夕飯を作って下さい」

 紫乃はエプロンの入ったビニール袋を渡して来る。結仁が中身を開けてみると中学校の頃、家庭科の授業で作ったエプロンだった。結仁は両親が死んで以来少しだけ火が怖かった。

「良いけど……美味しいものができる保証はないよ」

「問題なし」

 

 午後四時頃、結仁はエプロンに着替えて台所に来た。紫乃は冷蔵庫からドカドカと野菜の軍勢を召喚している。「玉ねぎ」「人参」「じゃがいも」そしてキューブ状のカレールー。もちろん甘口だ。

「今日はカレーを作ります」

「よろしくおねがいします。紫乃先生!」

 結仁は元気よく言う。

「……よろしい」

 紫乃は少し驚いた後、穏やかに微笑む。


 結仁は巧みな包丁さばきでじゃがいもを6等分する。紫乃はピーラーで人参の皮を削ぎ落とす。

「お兄ちゃん……何でそんなに包丁使えるの?」

「紫乃、ぼくはこれでもそんなに頭は悪くないと自己認識している。調理実習の際はできる限り包丁を持つように立ち回っていたのさ。どんな時も計画実行!」

「うわー、無駄な頭の使い方だー」

 

 結仁は厚手の鍋に切り終わった野菜たちを投下する。IHコンロでも若干の恐怖心を感じたが気合で抑え込む。紫乃は割ったカレールーを入れる。

「うーん、お兄ちゃん料理できそうだね。これなら安心だ」

「何言ってるの、ぼくは紫乃と違って毎日料理する自信はないよ。たぶん、自炊してもコンビニ弁当に途中からすり替わる。で自炊する時の料理は全部鍋だ。栄養価満点」

「……駄目な大学生か!」


「うーむ、何か違う気がする」

 結仁は自分で作ったカレーを食べながら言う。

「隠し味、何も入れてないから当然だよ。後はお兄ちゃん好みにアレンジして下さい」

「ちなみに普段は何入れてるの?」

「チョコレート、蜂蜜、すりおろしたりんご」

「凄い甘そう」

「……入れれば入れるほどお兄ちゃん、美味しそうに食べてたよ」

「確かに美味しい。というか蜂蜜舐めても美味しい」

「お兄ちゃんが熊みたいに蜂蜜舐めてても可愛くないから舐めないで」


 夕食が終わった後、結仁と紫乃は食器を洗い棚に戻した。

「うん、安心した」

「そう、ぼくはまたまだ紫乃には及ばないと思うけど」

「一回やっただけで超えられたら家庭科部の名が泣きます」

 紫乃は言った。

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