第13話


「エルヴィア!」

 金髪の少女が声に反応する。まだ稚すぎる身体。胸はまだ盛り上がっていない。凹凸のない身体は人形の如き精工な容姿と相まって完全さを強調する。

「うーーん……どうしたのソフィアちゃん?」

 エルヴィアは手元でいじっていた花の茎から目を離す。ちょっとぐちゃぐちゃになってしまっている。

「茎短すぎじゃない。それじゃそもそも巻けないわよ」

 エルヴィアはソフィア――青色の瞳をした陽気な金髪の女の子――の方を向く。辺り一面にはグラデーションのように刻々と色が変化するパンジーの花畑が広がっている。エルヴィアは幼稚な怒りを表すために頬を風船のように膨らませる。

「むーー、だって難しいんだもん。ソフィアちゃんはできたの?」

 ソフィアは手で花で作った細い縄を掲げる。

「貸して……参考にするから」

 エルヴィアは幼さとは対象的な暗い瞳を更に暗くしてソフィアが作ってる花冠を見つめる。ソフィアは咄嗟に両腕の内側に抱きしめるように冠を守った。

「駄目だからね。自分で作ってよ!」

「分かってまーす。自分で作らなきゃ意味ないもん」

 エルヴィアは云々とうなりながら茎と茎を巻きつけていく。

「エルヴィアちゃんは誰に送るのかなー」

 ニヤニヤした顔でソフィアは言う。

「秘密。教えない」

「えー、別にいいじゃん。ここだけの話だから……」

「その言葉嫌い。だって皆破るもん」

 エルヴィアはため息をつく。

「ちなみに何がバラされたの?」

「おねしょしたこと」

「うわーそれはキツイ。お嫁にいけないよ」

「そんなこと言わないでよ!」

 不服そうにエルヴィアは言う。

「言わないよー。特にお兄ちゃんには」

 エルヴィアは真っ赤になってソフィアをぽかっと殴る。

「絶対言わないでね!」

「分かってる。分かってる。妹分の恋路は応援するのだ」

 ソフィアは立ち上がって大げさに胸を張る。

「おーーい、おーい、ソフィアどこだー!」

「あっ、お兄ちゃんだ」




「紫乃ーー! 危ないからそんなに走らないでよ」

 結仁は息を切らし、走る紫乃を追う。鮮やかな短い茶髪が揺れる。周りにはジャングルジムやブランコが立ち並び地面は緑に覆われていた。

「お兄ちゃーん、紫乃はこけたりしないよ」

 両手を腰に当てて紫乃は言う。

「本当に~……。紫乃いっつもぬいぐるみがなくなっただけで泣くじゃん」

「私はもうぬいぐるみは卒業したのです。お姉さんなので」

「ぼくは紫乃の兄だけどね」

「弟です」

「駄目です認めません」

 結仁の言葉に紫乃は眉をひそめる。

「三年早く生まれたからって何か違うの?」

「紫乃、それじゃお姉ちゃんも否定しちゃうよ」

「あーーも、うるさい! うるさい!」

 紫乃は兄から離れてようとして全速力で走る。結仁が見てる前で転倒した。なにもないところで。結仁はいつも思うのだ。どうやったら転べるのだろうと。

「おにぃぃちゃーーん!!」

 紫乃は倒れたまま涙声で兄を呼ぶ。

「はいはい」

 結仁は呆れながらも走って紫乃の元に駆けつける。見ると紫乃の膝がコケたことで擦れていた。亀裂のように赤が奔っている。紫乃はうるうると涙をためる。結仁はズボンのポケットから母から預かっていた絆創膏を取り出す。

「おにい痛いーーー! 助けてよぉー!!」

 とうとう我慢しきれずに紫乃は号泣し始めた。結仁は優しく両腕で抱きしめる。

「大丈夫……すぐ良くなるからね」

 結仁はこっそりと絆創膏を傷口に貼った。ずっと背中を叩いてあやしていると紫乃は泣き止む。紫乃はぎゅっと結仁の体を抱いた。

「お兄ちゃんのエッチ」

「なんで! 抱きついたの紫乃だよね!!」

「違うもん。……お兄ちゃんの陰謀だもん」

「変な言葉知ってるね」

 結仁は小学生になっていない妹の語彙力に感嘆する。天才かもしれないと思った。

「お兄ちゃんが草に罠を仕掛けて転ばしたんだもん。絶対にそうだもん」

 紫乃はつんっとそっぽを向く。結仁が柔らかな茶髪を撫でようとすると、頭を右に回転させて避けた。

「そんなに怒らないでよ」

「ダメー、お兄ちゃん許さない!」

 紫乃は頬を膨らませて言う。結仁はいたずら心が芽生えて紫乃から離れようとする。すると紫乃はさっきより強く結仁の身体を抱きしめる。今度は本気で結仁は離れる。

「お兄ちゃーん、いじめよくない」

「だってお兄ちゃんのこと嫌いなんでしょ」

「……そうだけど」

「じゃっ、くっつかなくていいじゃん」

「そうだけどだけど」

 紫乃は反論しようとするも上手い言葉が思いつかずパクパクと口を開閉する。紫乃の頬を雫が伝い始めた。結仁は再び紫乃を優しく抱きしめ、頭を撫でる。

「大丈夫、紫乃がぼくのこと嫌いでも、ぼくは紫乃のこと好きだから」

「別に私もお兄ちゃんのこと嫌いじゃないし」

 口を可愛らしく尖らせて紫乃は言った。

 

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