第11話

「隠教ですか……」

 年老いた男の声。

「そうなんです。一ヶ月前ぐらいから主人がずっと『羅刹大明神』とか『救い』だとか言って私に勧めてくれるんです。家族の時間も減ってしまって、……どんな組織か調べていただきたいのです。主人に聞いても入信しなければ話さないとばかり、それどころかお前も会ってみろと言うのです」

 二階から女の凄惨な金切り声が結仁の耳に聞こえる。

「それでは結仁さん。またそちらの扉から入って検査を受けてくださいねー」

「ありがとうございます」

 何回か通っていると受付の女性が結仁の顔と名前を覚えていた。


 検査結果には「Bev3-ZeV|0.30」だ。心なしか下がっている。医師によるとウイルスを抑える薬を投与しているそうだが芳しい効果は出ていない。

「久しぶりね」

 結仁がベッドに寝転んで紙を見上げていると藍の声が聞こえる。

「あんまり下がりませんね」

「仕方ないわよ。薬と言ってもそんなに強力なものじゃないわ。それにゼブルウイルス自体は定着するとそこまで悪いものではないのよ。……言ったでしょ強化人間だって」

「自分が強化人間になって嬉しいとは思えません」

 結仁は苦笑い。

「おそらく筋力や動体視力、再生力がある程度強くなっていると思うわ。と言ってもマッチョの男と勝負できるかは怪しいけど」

「勝負したくないですね」

「最近、不思議な感覚を感じたことはない。第六感みたいに相手の場所が分かるみたいな」

「ない……ですけどどうしたんですか?」

「ないなら大丈夫。そう言えば内の佐藤と小野寺と遊んでるそうじゃない?」

「遊んでません。特訓です。無料でプロから格闘術を習えるので受けといたほうが得かなと」

「妹さんを守るため?」

「そうです。よく分かりましたね」

「佐藤が度々面白そうに語ってるわ」

 結仁はあの人には紫乃のことは喋らないようにしようと思った。

「今日もやる気?」

「でしたけど……佐藤さんも小野寺さんも居ないので」

 藍が細い指で自分を指差した。結仁はまじまじと見つめる。

「お願いします」

 藍は満足そうに頷いた。


 視界が上空を向いた。次の瞬間、結仁は咄嗟に受け身を取る。鋭い衝撃が背中に伝わる。

「もう一回やりたいです」

 結仁は痛む背中を擦りながら立ち上がる。

「もちろん」

 スーツを着たままの藍は腕を鳴らしている。

「蹴りでも殴りでもいいわよ。女だから殴れないなんて紳士じゃ妹さんは守れないわ」

「分かってますよ!」

 結仁は両腕を構えてファイテングポーズを取る。姿勢を低くし一気に踏み込む。アドレナリンの影響で視界がゆっくりと流れる。結仁は右拳を突き出す。藍は力を込めずに左手で押して拳の軌道をそらす。結仁は腹を砕きそうなほどのスピードで躊躇いなく蹴りを放った。藍は浮き上がった結仁の足を予定調和の如く背負い、そのまま投げ飛ばす。結仁は空中で回転して姿勢を直し両腕で床をついて飛び上がった。直立姿勢に戻る。

「さっきの凄いわね。誰かの入れ知恵?」

 藍が口笛を吹いて言う。

「佐藤さんがカッコいいからやってみろって言いました」

「あの戦闘馬鹿。上手くできてるわ。けどさっきみたいに蹴り上げるのはオススメしない。確かに足の筋力は腕より強いかも知れないけど掴まれたら抵抗しようがないから」

 結仁はこくりと無言で頷いた。吹き出た汗を拭う。再び攻勢に出る。左拳でフェイント。相手の注意が向いたのを素早く把握。同時に右拳を叩きつけた。藍は咄嗟に両腕で拳を防ぎ顔をしかめる。目の色が変わる。結仁の目の前から藍が消失。視界は真上を向いていた。受け身を取れずに倒れ込む。藍は殴られた腕を擦っていた。

「ごめんなさい……ちょっと予想以上に威力が強くてビビったわ」

「いえ……そのすいません」

「良いのよ、私がやってって言ったんだし」


「ひゅー、デートですか隊長!」

 佐藤が入りながら言う。

「何を言っている。藍にそのような相手が居るはずもない」

 長い黒髪、長身の男性の小野寺は佐藤の言葉に反論する。

「貴方達ねー。女の事情に口を出すもんじゃないわ。私はまだ二十代だから良いけど、三十代にそれは禁句よ」

「正確には二十代後半だけどな」

「25よ。悪かったわね四捨五入で30歳で。……結果は?」

 佐藤は大げさに両腕をあげる。藍はため息をついた。

「失踪した噂のある家族の周辺も調べてみたが。無意味だ。誰も行き先を知らない」

 小野寺は静かに言う。

「相変わらず徹底してるわね。後で賢太郎さんに報告をお願い」

「へいよ」

 佐藤は言うと結仁の側に近づく。

「藍の野郎のおっぱいでも揉めたか?」

「揉めませんよ!!」

 藍が凄まじい鬼の形相で佐藤を睨みつける。

「おーと、そんなに怒っても俺は世の青少年の味方だぜ」

 藍は不気味な笑顔で佐藤に接近し始める。

「結仁」

 小野寺が藍が佐藤に近づくの無視して結仁に話しかける。

「これだ」

 小野寺は持っていたビニール袋を結仁渡す。中には可愛らしいツインテールの少女が書かれたゲームのパッケージ版が入っていた。

「『妹は恋してる』……十年前のゲームだが面白いぞ。妹好きには……たまらない」

 真顔で小野寺は言う。

「やってみます!」

「結仁君……何で小野寺に洗脳されてるのよ」

「痛い痛い!」

 結仁は悲痛な叫びを聞き、視線を向ける。藍が佐藤に関節技を決めていた。

「ギブギブ、ギブアーーーープ!!」

 佐藤の断末魔の叫びが聞こえた。


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