ep20 清掃用務員として模索してみる!

「しっかし、どうにかアタシにでもできる工夫はないもんかねぇ?」


 午前の清掃業務を終え、アタシと洗居さんは用務室で昼食をとっていた。

 メニューは百貨店の弁当コーナーにあった見切り品。普段のアタシの食事からすれば、なんとも豪勢なものだ。

 ただ、他に場所はなかったのかな? 塩素系漂白剤の匂いがきつい。


「焦ることはありません。私もこれまで十三年間清掃業界で働いてきましたが、超一流と呼ばれようとも、まだ発展途上です」

「十三年間って……。洗居さんって、今いくつ?」

「二十八歳ですが?」

「ちゅ、中卒で働いてたんですか……」


 そうして洗居さんと昼食をとるのだが、アタシは己の未熟さが辛い。

 洗居さんは気にするなと言ってくれるが、それでも気にしてしまう。

 一応はアタシだって、仕事として今回はここにいるのだ。妥協はしたくない。


 ――てか、洗居さんってどんだけとんでもない人なのかな?

 中卒で清掃用務員になって、それが今では超一流と噂されるほど。

 アタシも高卒で苦労したと思ったけど、洗居さんには敵いそうにない。十三年間も続けてるって時点で尊敬ものだ。




「あれ? ねえねえ、洗居さん。ここにある機材って、どうしたの?」




 洗居さんの経歴に感心しつつも、ふと用務室にあった機材が目に入って気になってしまう。

 どうやら大型の掃除機やスポットクーラーのようだが、使われている様子がない。


「それですか。これらの機材もこの百貨店の担当のお方から自由に使用許可はいただいているのですが、どうにも使い勝手に困っていたものです。ここの百貨店は人も多いですし、あまり大型な機材は用途に合いません」

「まあ、ここって超大手で家族連れも多いからね。こんなの持ち運んでたら危ないか。スポットクーラーなんて、掃除には使えなさそうだし」

「このように大型な機材ではなく、もっと小型のポリッシャーでもあれば良いのですが……」

「ポリッシャー?」

「電動モップとでも言いましょうか。毛を回転させて、床を磨く道具です」


 そんな機材のことを尋ねてみると、確かに仕方がないと言える。

 洗居さんのスキルがあれば、こんなものはむしろ邪魔なぐらいだ。


 ただ、使わずにそのままというのももったいない。

 洗居さんの言うポリッシャーでもあれば、もっと効率も上がりそうなものだが――




「あっ! そうだ! ねえねえ、洗居さん! この機材って、少し改造してもいいかな!?」

「……? 担当のお方からは『どうせ使ってない機材だから処分しても構わない』と言われてますし、それは構いませんが?」




 ――とここで、アタシの頭の中に一つのアイデアが浮かぶ。

 なければ作ればいいじゃん。アタシだって、いつも足りないものは自作してるんだし。


「ちょーっとだけ待っててね! アタシの手にかかれば、チョチョイのチョイで出来上がるから!」

「急に何かを作ろうとするとは……。空鳥さんは変わった人ですね」


 改造許可をもらったアタシは、早速作業に取り掛かる。

 昼休憩ももうすぐ終わるけど、アタシの腕前なら十分な時間だ。

 いきなり初職場でモノ作りを始めるなんて、確かに自分でも変人だとは思うけど、思いついたらやらずにいられない性分なのよね。


 ――ただ、洗居さんにだけは言われたくない。





「よーしよし! 問題なく稼働してるねぇ!」


 そうして昼休憩が終わるころに出来上がったのは、アタシお手製のポリッシャーだ。

 モップをベースに掃除機やスポットクーラーの部品を埋め込み、毛の部分を回転させる機構を搭載。

 馬力も問題なく、水や洗剤の量も調整して射出可能。さらには磨いた床の水分を、即座に吸水する機能付き。

 おまけにサイズもコンパクト。これなら周囲に危険もない。


「まさか、あの道具から短時間でこれほど高性能なポリッシャーを作り出すとは……!? 清掃魂セイソウルに基づく『応用を働かせる』という心得を、まさかこの短時間でマスターするとは私も驚きです」

「まあ、これはアタシの得意分野における心得だけどねぇ」


 そのポリッシャーを手に取り、アタシは百貨店のフロア清掃を行っている。

 効率は午前の比ではない。アタシには洗居さんのような超一流の清掃スキルはないから、こっちの方が都合がいい。


 『勝手なことをしないでください』と怒られるかと思ったが、洗居さんはむしろアタシの姿を見て感心してくれている。

 その点については助かった。でも、アタシのこれは清掃魂セイソウルじゃない。多分。


「それにしても、本当に高性能ですね。コードレスタイプだから、人が足を引っかけて転ぶ心配もありません。……ですが、それならば電源はどうなっているのでしょうか?」

「え!? あ、ああ! そ、そこもアタシが小型化して、うまく埋め込んだんだよ!」


 ただ、このお手製ポリッシャーについてなのだが、少しだけズルをしている。

 現状、これを扱えるのはアタシだけだ。他の人では電源すら入らない。




 ――だって、電源はアタシ自身だもん。

 生体コイルを調整して稼働させ、ポリッシャーに持ち手から電気を流し込んでいる。




「私にはよく分かりませんが、これならば安心してこの場をお任せできます。残りの清掃業務ミッションも頑張りましょう」

「はーい!」


 ちょっとその点を指摘されて焦ったが、洗居さんも深くは言及しないでいてくれた。

 そのままモップなどを持って、アタシとは別の場所の掃除に向かって行く。


 だって、仕方なかったのよ。バッテリーの搭載もできなくはないけど、用務室の材料じゃ足りなかったのよ。

 とりあえずはアタシも髪が空色魔女モードにならないレベルで調整はしてるし、業務自体も問題なく進んでいる。

 これなら、スキル不足のアタシでもノルマをこなせそうだ。




「うわぁ……。本当に空鳥が働いてたよ……」

「んげぇ!? タケゾー!?」




 そうやって軽快に掃除を進めていたのだが、今度は別の障害が出現。

 出たな、グチグチ魔人タケゾー。こいつとのエンカウント率、高くない?


「玉杉さんから話を聞いてな。技術職しかやったことのないお前がまともに働けてるのか、気になって様子を見に来た」

「そんなことのためだけに、わざわざ百貨店にまで足を運ぶもんかい? どうせだったら、彼女でも連れてデートでもしに来なよ?」

「……俺に彼女はいない。何度も言わせるな」

「やーい。イケメン反比例草食系美少年~」

「お前、今は仕事中だろ!? 俺も一応は客だぞ!? 客をおちょくるな!」


 思わずエンカウントしたタケゾー相手に、アタシも仕事を忘れておちょくってしまう。

 これはいけない。洗居さんからも『業務中は私情を持ち込まないのが清掃用務員の嗜み』と教わっていたのだった。

 どうにも、タケゾーが相手だと話しやす過ぎてよろしくない。

 だって、タケゾーと話すをおちょくるのって楽しいもん。これも今まで腐れ縁が続いてる由縁かね。


「あんたにも彼女がいれば、そこのジュエリーショップで一緒に品定めなんていう、ロマンスなことができるのにねぇ」

「お前だって、彼氏いないだろ? そこまで俺に言うなら、自分も彼氏を作れ」

「アタシの彼氏は科学だからねぇ。今度、彼氏ロボでも作ろうかねぇ」

「……どうやら、俺も当分は彼女を作らなさそうだ」


 自分でも駄目だと分かっているのだが、どうしてもタケゾーとの会話が弾んでしまう。

 タケゾーもアタシの立場を忘れて、負けじと言い返してくる。


 ――てか、なんだかおかしなことを言ってない?

 アタシがロボットを彼氏にするから、タケゾーにも彼女ができないだって?

 どゆことよ? 因果関係ゼロじゃん?


 まあいいや。アタシもいい加減、仕事に戻って――




 ガシャァァアアン!!



「――って!? 何事!?」




 ――戻ろうとしたタイミングで、近くにあったジュエリーショップから凄まじい轟音が響いてきた。

 それはもう、車でも店内に突っ込んだんじゃないかてぐらいな轟音。

 でもこのフロア、五階だよ? 車なんて突っ込めないよ?


「空鳥! 大丈夫か!? ――って、おいおい!? なんだよあれは!?」

「ど、どうしたんだい!? タケゾー!?」


 タケゾーはアタシの身を庇うようにして守ってくれているが、同時に目を丸くして驚愕している。

 どうやら、ジュエリーショップの方向に目を向けたらしいが、そこに何かあるということなのかな?


 アタシもタケゾーの腕の中から、その方向に目を向けてみると――




「グゲギャァァアア!!」

「と、鳥のバケモノだぁぁああ!!??」




 ――巨大な鳥のバケモノが、店内で暴れまわっていた。

 何だろ、これ? 本物のヴィランが出て来ちゃったの?

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