ep19 稼ぎ口が見つからなくて仕事を紹介された!
これまで持ち運びに難儀していたデバイスロッドの収納技術。
トラクタービームで金属物を念力のように操る能力。
これらを可能にする腕時計型ガジェット。
アタシの両親が遺してくれたデータから作った産物だが、継続稼働面でも問題はない。
特にロッドの収納がありがたい。これなら、新規クライアント獲得のための営業中でも持ち運びができる。
アタシにだって私生活があるのだ。ヒーロー活動ばかりとは行かない。
というわけで、左腕にガジェットを装着したまま、営業に出向いていたのだが――
「うあ~ん……! クライアント、全然見つかんないよ~……!」
「俺の店に来たと思えば、酒飲む前に愚痴吐くのか?」
――はい。ダメでした。
今回は時間に余裕もあったけど、どこに行ってもほぼ門前払い。
すみません。今回は完全にアタシの営業力不足です。
本当に難しいもんだよね。顧客獲得って。
そんなこんなで落胆するアタシなのだが、今は玉杉さんのバーでカウンターに突っ伏しながら、絶賛涙で水たまりを生成中。
玉杉さんはそんなアタシの姿を見て、憐れみマックスな目で見つめてくる。
「隼ちゃんさ~。別に工業系の仕事にこだわらずとも、適当なバイトから始めればいいんじゃね?」
「それも考えてはみたんだけど、アタシって高校卒業してから、ずーっと工場での仕事一筋だったからさ~。今さら、社会に出て他の仕事をするなんて、想像もできないのよ……」
玉杉さんもアドバイスしてくれるが、どうにもアタシには技術者としての仕事以外が思いつかない。
これまでずっと、空鳥工場の工場長としてしか働いてこなかったのだ。正直、ここで職を変えることへの不安もある。
――それでも、そうしないといけない場面に来ているのかもしれない。
ただ、それだとアタシにはどんな仕事が合っているのだろうか?
一応は空色の魔女なんてやってるし、ドラッグストアとか?
「玉杉店長。お店の屋根の上のお掃除が終わりました。これにて、本日は
「ああ、そうか。ご苦労さん。屋根の上までやる必要はねえけど。それと、接客業務はまだ残ってるしな」
そうやってアタシが悩んでいると、相変わらずメイド服のままの洗居さんが店の中に戻って来た。
どうやら、わざわざ屋根の上の掃除までしていたらしい。しかもメイド服のままで。
てか『
この人、
ふざけているのかとも思ったが、そういうわけでもない。洗居さんは仕事に悪ふざけを持ち込むタイプではない。
――つまり、ガチでやっている。
ガチでこれらのパワーワードを、大真面目に使っているのだ。
ヤバいと言えばヤバい人なんだけど、ここまで突き詰めて真面目にヤバい人って逆に尊敬する。
――もうなんか、洗居さんのこと大好き。
「そういえば、洗居。明日は終日、この店の方は休むんだっけ?」
「はい。明日は大口の清掃案件があります。こちらのお仕事には行けそうにないので、申し訳ございません」
「それは全然かまわねえよ。てか、お前さんっていつ休んでるの? 仕事そのものを休んでるところ、見たことねえんだけど?」
「『超一流の清掃用務員』という肩書もあってか、ここのところはずっと予定が埋まっています。お掃除があるところに
「……いや、休めよ」
それにしても、洗居さんって本当に超弩級の真面目人間と言うか、ワーカホリックになってるところがある。
こんなので本当に体がもつのだろうか? アタシみたいな特殊な能力なんて持ってないよね?
こっちが心配になってくる。
「あっ、そうだ。なんだったら、隼ちゃんも洗居の清掃の仕事をやってみたらどうだ?」
「え? アタシが?」
洗居さんのことを心配していると、玉杉さんから意外な提案が飛んできた。
確かに清掃の仕事ならば、アタシでもできるかもしれない。
接客とかだと難しそうだけど、道具を使うという点においてなら、アタシにだってできる気がする。
「アタシもそれでいいなら甘えたいとこだけど……洗居さんはいいの?」
「私は構いません。私と共に清掃用務員として、さらなる
「アタシ、
「それも私がお教えします。ただ、こちらもまだまだ修行の身ですので、指導の未熟さはご容赦願いたいです」
「洗居さんで未熟なの……?」
肝心の洗居さんの許可も得た。まあ、新しいことにチャレンジするのも重要だよね。
――それにしても、洗居さんは大袈裟すぎないかな?
清掃の仕事だよ? モップや雑巾で拭くだけなら、アタシにだってできるでしょ。
■
そんなこんなでその翌日。アタシは洗居さんと一緒にとある百貨店にやって来ていた。
ここでの清掃が今日の仕事らしい。しかもここ、この街の中じゃ超大手の老舗だ。
こんなところから仕事を貰ってくるあたり、洗居さんの超一流という肩書は伊達ではない。
それで、肝心の清掃業務の方なのだが――
「つ……疲れた……。体は使うし、脳みその普段使わない部分は使うし……」
――すみません。正直、舐めてました。
清掃業、メチャクチャ大変です。アタシの超人パワーがまるで通用しません。
掃除道具はモップがメインなのだが、それ以外にも多種多様に使い分ける必要がある。
メインのモップにしても、正しい使い方というものを初めて知った。
今まで、とりあえず拭いておけばいいぐらいに思ってたけど、効果的な本来の使い方というものは全然違った。
手首のスナップがきつい。これは腱鞘炎コースだね。
洗剤も使い分ける必要があり、特に『混ぜるな危険』については口酸っぱく叩きこまれた。
さらにはお客さんや従業員に気を遣いながら、一手先を読んで動く必要性。
体も頭も普段と使い方が違うから、疲労がたまって仕方ない。
マジでしんどい。清掃用務員というものを舐めてた。
「大丈夫ですか、空鳥さん? 何かここまでで、ご質問などはありますか?」
「そ、そうだね……。全体的にきついです……」
対して、洗居さんはアタシに仕事を教えてくれながら、自らの業務もそつなくこなしている。
今回はメイド服ではなく、動きやすそうな作業着を着ている。
アタシも同じものを着ているが、顔色については全く正反対。
洗居さんは指導という仕事が増えているのに、まるで疲れている様子がない。
それどころか、アタシのことを気遣ってくれる余裕まである。
掃除の手際についても、もう凄すぎて頭がおかしくなるレベル。
なんかメチャクチャ低姿勢で棚の下とかモップで磨いてたし。『
――ハッキリ言おう。超一流の清掃用務員はバケモノだ。
「……申し訳ございません。私ももう少し、適切な教え方ができれば良いのですが……」
「へ? なんで洗居さんが謝んの?」
そうやって己の未熟さ含めて嘆いていると、何故か空鳥さんが頭を下げてきた。
むしろ、頭を下げるならアタシの方だよね?
洗居さんは色々と教えてくれるし、できないアタシの方が悪い。
「自分で言うのも何ですが、私はお掃除の腕前は超一流でも、指導に関しては三流なのです。私の基準で考えてしまいますし、コミュニケーションにも難がありまして……」
どうやら、洗居さんはそんなできないアタシの姿についても、自分の責任だと思っているようだ。
でも、そこまで気に病む必要もないよね?
色々と洗居さん自身は悩んでるみたいだけど、本当にこの人って心にまるで余裕がないほど真面目だね。
「いやいや、洗居さんは悪くないって。正直、アタシも清掃の仕事を舐めてたしさ。むしろ、こっちの方が申し訳ないって」
「空鳥さんのお気持ちはありがたいです。ですが、私ももっと指導面について学んでおくべきでした。レベルを合わせた指導ができないと、超一流の清掃用務員とも名乗れません」
「本当に、真面目で誇り高いお人だねぇ……」
アタシが意見を述べても、洗居さんの信念は曲がらない。
本当に心配になるレベルの真面目さだが、同時にその誇り高さも感じ取れる。
本当にこういう人は大好きだ。アタシが男だったら惚れてた。
――今でもまだよく分からないが、これこそが超一流の清掃用務員の証。誇り高き
「こんなことならば、私もお師匠様からもっと指導についての
「え? お師匠様がいるの?」
「はい。私は二代目
――てか、
清掃用務員の世界とは、なんとも奥深いものだ。
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