ep16 超一流の清掃用務員が現れた!
「超一流の……清掃用務員……?」
洗居さんがネット界隈でちょっとした有名人である由縁――『超一流の清掃用務員』
正直、何のことだが分からない。何? メチャクチャ掃除がうまいってこと?
「洗居さんは全国を駆け巡って、ありとあらゆる場所を掃除して回ってるんだってさ」
「これまでにお掃除した場所ですと、介護施設、メイド喫茶、学校法人、ヤクザの組事務所、国会議事堂、内閣総理大臣の執務室――」
「うん、ちょっと待って。すごいのは分かるんだけど、最後の方におかしなものが紛れ込んでない?」
アタシが困った顔をしてると、タケゾーと洗居さん本人が説明を加えてくれた。
なるほど。全国各地を掃除して回ってるのか。それだけ掃除の腕も立つということだろう。
――でも、いろんなところに行きすぎてない?
何なのよ。ヤクザの組事務所とか、国会関係とか。
いや、確かにすごいんだけど。意味不明にすごすぎるぐらい、すごいんだけど。
「私はただ清掃用務員の流儀に従い、お掃除を続けていただけです。それがいつの間にか、ネット上では『超一流の清掃用務員』などと噂されるようになってしまいました」
「はへ~……。アタシにはよく分かんない世界だけど、洗居さんの努力が実を結んだってことだろうね」
「慢心したくはありませんが、そう信じたいものです。私の
「……うん、また待って。さらっと言ったけど『セイソウル』って……何?」
そしてこの洗居さん、その発言にも色々とツッコミどころが多い。
努力家で慢心もしない。人として立派なのは分かる。
でも、
「
「うん! 分かった! よく分かんないけど、分かった!」
「……? 『よく分からない』のに『分かった』というのは、どういう意味でしょうか?」
「もういいから! 説明は十分です!」
そんなアタシの疑問にも、洗居さんは丁寧に説明を加えようとしてくれる。
ただし、その説明が長い。そんでもって、理解不能な恐ろしさがある。
これはあれだね。専門系のオタクが自分の知識を述べたくて、早口になっちゃう奴だね。
うんうん。よく分かるよ。
「確かに洗居さんの説明はくどいところもあるが、お前も覚えがあるんじゃないか? 空鳥?」
「……はい。覚えありますです。アタシもよく、タケゾー相手にこうなるますです」
「口調、おかしくなってるぞ」
だって、アタシも似たようなもんだもん。タケゾーにもジト目で睨まれてしまう。
普段は自分がやる方だけど、やられると結構面倒でもあるね。
――反省しよっと。
「洗居は掃除の仕事はできるんだが、どうにもコミュニケーションが苦手らしくてな。それを克服したいらしくて、ウチで働いてるんだとよ」
「本当に努力家ってわけね……。でも、メイド服で仕事させててもいいの?」
「別にウチの店に制服なんてねえし。洗居は有名なメイド服専門コスプレイヤーでもあるらしく、そっち方面で客から人気もあるからな。……少しズレてるけど」
そんな全国レベルの有名人な洗居さんなのだが、わざわざ夜のバーでの接客業務までして、さらに腕を磨いているようだ。
いや、向上心の塊じゃん。しかも、コスプレイヤーとしても有名人なの?
清掃用務員としてだけでもすごいのに、どこを目指してるのよ? この人?
――まあ、同時に変人なのは確定だね。
マスターの玉杉さんも、どこか呆れ顔で洗居さんの話をしてる。
「そういや、洗居さんの話で思い出したんだけど、最近はネットでも特に有名な人がいますよね?」
「ああ、俺も聞いてるな~。確か『空色の魔女』だったっけ?」
そうやって何気なく話をしていると、タケゾーと玉杉さんが別の話題を出してきた。
しかもなんと、空色の魔女の話。アタシの話題じゃん。正体は明かせないけど。
「親父からも聞いたんだけど、今度は銀行強盗を撃退したんだとさ。空鳥も知ってたか?」
「へ、へ~。例の魔女さん、そんなことまでしてんだねぇ。意外と人気者なのかね~? その魔女さんは?」
「人気どころか、SNSじゃ偶然撮れた写真がバズってるって話だ。正体不明な空飛ぶ魔女。しかもヒーローみてえに颯爽と事件解決。人気が出ねえほうがおかしいな~」
しかもしかも、空色の魔女はメッチャ大人気ともっぱらの噂。タケゾーも玉杉さんも二人して肯定的だ。
別にそれが目的ではなかったけど、こうして好評を得られているならば、やはり舞い上がっちゃうのが人の性だ。
――でも、写真はちょっと不安。
そうそうバレる変身ではないが、身バレは避けたい。
写真からの身元特定だけは勘弁してほしいね。
「……私個人の意見ですが、空色の魔女というお方には、あまりいい印象がありません」
そうやって内心有頂天なアタシだったが、洗居さんの意見は周囲と違っていた。
表情の変化は少ないけど、どこか嫌そうにジト目になってる。
――アタシ、この人に何か悪いことでもしたっけ?
「空色の魔女様なのですが、身元不明かつ正体不明な能力を使っているのが怖いです。それが人助けになっているとは聞いてますが、そのあたりを明確にしないのは、私の流儀に反します」
「話を聞いてて分かったけど、洗居さんってメチャクチャ真面目だよね。少しはユーモアやゆとりを持っても、いいんじゃないかな?」
「私自身も自覚はあるのですが、どうにも苦手なものでして……」
どうやら、洗居さんは洗居さんの考えのもとで、
確かに正体不明な人間が人助けしてても、疑ってしまうのはしょうがない。洗居さんが悪いわけじゃない。
ただ、どうにも洗居さんは真面目過ぎる気質がある。
――あっ、でも、この人ってユーモアはあるのかな?
清掃業務を『ミッション』とか言うし、
さらにはメイド服のコスプレして働いてるし。
「ほらな~、洗居。隼ちゃんも言ってるけど、お前さんは真面目過ぎんだよ。もうちょい、肩の力抜いて行こうや」
「そのあたりを学ぶためにも、私はここでのお仕事に全身全霊を注いでいます。さらなる清掃用務員の高みを目指すためにも、この試練を踏破してみせます」
「……いや『全身全霊』とか言ってる時点で、肩の力抜けてないからね?」
とはいえ、このどこかズレた真面目さは苦労しそうだ。
玉杉さんもアタシの意見に同調するが、洗居さんはその斜め上を行く。
アタシとしては、この洗居さんの真面目さは嫌いじゃない。むしろ、こういうプロ意識の高い人は大好きだ。
道は違えど、どちらも『空色の魔女』や『超一流の清掃用務員』という呼び名で世間の有名人かと思うと、仲間意識も芽生えてくる。
対抗意識なんて沸くはずがない。アタシだって、別に売名でやってるわけじゃない。そもそも、正体隠してるし。
「あっ、そうだった。丁度いいから、隼ちゃんに渡そうと思ってたものがあるんだった」
「え? アタシに?」
洗居さんの話題が進んでいたが、途端に玉杉さんが何かを思い出したように話しかけてきた。
アタシの座るカウンターの上に、何やらUSBメモリのようなものを置いてくるが、これって何だろ?
「隼ちゃんの工場を差し押さえた後、少し中を調べてみたんだよ。そしたら、壁に不自然な小箱が挟まってたのを見つけてさ。取り出して中を見ると、そいつが入ってたんだ」
「壁に小箱? アタシは知らないよ? 父さんや母さんのものだろうから、これも差し押さえ対象じゃないの?」
「借金はあの工場や中の設備一式で十分に返済できてる。それに、そういう情報媒体はこっちで差し押さえても、権利だなんだで面倒なだけだ。むしろ、預かってくれた方が助かる」
どうやら、これはアタシの両親が遺してくれたもののようだ。
でも、何のデータを入れてたんだろ? アタシもこんなものは知らないけど?
「素直に持っとけよ。お前の両親が遺したものなんだから、きっと役に立つはずさ」
「タケゾー……。そうだね。どのみち、中身はアタシ以外には解析できなさそうだ」
正直な話、中身については気になる。
優秀な技術者だった両親が、さも隠すように遺したデータだ。
タケゾーの言葉にも後押しされ、アタシは素直にそのUSBメモリを受け取った。
――タケゾーの言葉って、なんだか不思議と暖かいんだよね。
そんな心地よさも、ここまで腐れ縁が続いた理由かな?
今後とも、まだまだお世話になりそうだね。
「おい! 洗居! グラスの棚の上の拭き掃除なんて、今やらなくてもいいだろ!?」
「すみません。埃が目についてしまい、
「どんだけ掃除したがりなんだかな~!? この清掃ジャンキーが~!?」
――あの二人ともこうして知り合った以上、なんだかまだまだお世話になりそうだ。
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