ep15 飲みに行ったら知り合いとメイドさんに会った!

「俺の名前もろくに覚えてないとか、これでも二年ぐらいの付き合いだろ?」

「アハハー……。ごめんって、マスター。てか、借金取り以外の仕事もしてたんだね」

「むしろ、あっちが副業だ。本業はこっちで、夜に店をやってんだよ」


 借金取りさんこと、このバーのマスター。どうやら、本名は玉杉たますぎ 善一ぜんいちというらしい。

 これまではそのいかにもなルックスから、アタシもヤーさんとかそっちの関係者かと思っていたが、どうやら違うとのこと。

 その正体は何てことのない、ただのバーテンダー。そんでもって、副業で高利貸しをしているとか。

 人を見かけで判断しちゃいけないね。アタシもちと反省。


「玉杉さんにしてもさ、そのルックスはどうかと思うよ? 顔の十字傷とか、なんでそんなにくっきりとついてるわけよ?」

「昔に嫁さんと喧嘩になって、派手にやられたんだよ」

「あっ。奥さんいたんだ」

「今はもう、嫁さんとも仲直りして問題ねえがな。それに親が喧嘩してると、子供も怖がるだろ?」

「子供までいたんだ……」


 しかも妻子持ちという意外な事実。話を聞いてみると、本当に玉杉さんは普通の人だった。

 思い返してみれば、アタシへの借金の催促も優しかったし、取り立てもどこか無理をしてやっていたのだろう。

 家庭を持っていると大変だ。相手すら見つかりそうにないアタシには想像もつかない。


「それにしても、お前ら二人は付き合ってなかったのか?」

「んなわけないじゃん。アタシとタケゾーはただの幼馴染だっての」

「本当にただの幼馴染なのか~? この間なんて、武蔵の奴は隼ちゃんと連絡が取れないからって、血相変えて俺に尋ねに――」

「わーわー!? 玉杉さん! その話はもういいから、先に注文させてくれませんかね!?」


 そんな玉杉さんなのだが、タケゾーともそれなりに交流はあるようだ。タケゾーを本名の武蔵の名前で呼ぶぐらいには。

 それもそっか。でなきゃ、玉杉さんにアタシの居場所を聞くこともできない。

 アタシとタケゾーの仲を勘違いしてるようだが、ここはお互いのためにも訂正しておこう。


 ――その際、何故かタケゾーが慌てながら話を逸らそうとしてくる。

 うるさい男だね。せっかくのモテ顔がもったいないよ。


「まあ、隼ちゃんもこの店は初めてだし、今日は俺も少しぐらいはサービスしてやるよ」

「いいの!? それじゃあ、このウィスキーに~、芋焼酎に~……あっ! 泡盛もあんじゃん!」

「せめて少しぐらい、遠慮ってしねえのかな~!? しかも、やけに度数の高い酒ばっかだし……」


 タケゾーはさておき、玉杉さんも中々粋な人だ。

 サービスしてくれるというので、アタシもメニューを開いて思わずガンガン欲しい酒を頼んでしまう。

 女のくせにはしたないとか思われそうだけど、女だって飲みたいときは飲む! アタシは飲兵衛だから飲む!


 それに、これでも多少は遠慮している。

 注文するのはどれも度数の高い酒ばかり。値段の高い酒じゃない。

 アタシも自宅で飲み比べて分かったのだが、どうやら生体コイルはアルコールの度数が高いほど、高い電力を生み出すようだ。

 なので、ここで度数の高い酒を飲み貯めする。発電用の燃料を蓄えるのと同じことだ。

 電力の調整も分かって来たし、この場で生体コイルは発動させて、アタシが空色の魔女だとバレる心配もない。


「ンク! ンク! プハァー! やっぱ、酒は命の水ってやつさ! 体中に染みわたるね~!」

「なあ、空鳥。なんだか、いつにも増して飲んでないか? お前って、そこまで酒豪だったっけ?」

「え? あ、ああ。まあね~。二十歳はたちになって酒の味を覚え始めてから、どうにも止まんなくてさ~」

「……辛いことがあったら言ってくれよ。俺なんかで力になれるなら、なんとかしてみせるからさ」


 そうやって度数の高い酒をガブガブ飲むアタシを見て、隣のカウンター席に座ったタケゾーがどこか心配そうな顔をしてくる。

 どうにも、アタシがヤケ酒でもしてんじゃないかと思われてるのかもね。まあ、工場を失ったり、ゴミ捨て場暮らしを始めてるからね。

 でも、アタシの方はいたって問題ない。むしろ、体内細胞でのアルコール分解能力が向上したせいで、酔い辛い体質になっている。

 これって、酔いたい時には不便だよね。どれだけ飲んでも、簡単には酔えないもん。




「お客様。談話の途中に失礼します。少々、テーブル周りのお片づけをいたします」

「……へ? あ、はい」




 上機嫌で酒を煽るアタシだったが、突如その横から女性が声をかけてきた。

 アタシが空けたグラスを片付けて、カウンター席をサッと磨いてくれている。

 この様子を見る限り、店の従業員さんなのだろう。


 ただ、一つだけ気になることがある。

 カウンターの向こうにいる玉杉さんにも尋ねてみるが――




「ねえねえ? なんであの女の従業員さん、メイド服を着てるの? 玉杉さんの趣味?」

「ちげえよ! おい、洗居あらい! 説明してやってくれ!」




 ――この従業員さん、何故かメイド服なのだ。

 長袖メイド服にロングスカート。ストラップシューズを履いて、ヘッドドレスまでつけた本格派。

 顔も表情の変化こそ少ないが、眼鏡をつけた安定して綺麗な美人さんだ。


 ――で、何よりも気になるのは、どうしてメイド姿で接客してるのかってこと。

 玉杉さんが趣味で選んだこの店の制服かと思ったが、どうやら違うらしい。

 名前を呼ばれたその女性は、丁寧にお辞儀をしながらアタシに自己紹介をしてくれた。


「私の名前は洗居あらい 栗阿くりあと申します。この時間帯はこちらのお店で、接客兼清掃を担当しております。以後、お見知りおきを」

「あ、ああ。洗居さんね。ところで、どうしてメイド服で?」

「これは私の趣味です。メイド服が好きなので、このお店では玉杉店長にお願いして、メイド服で業務をさせていただいてます」

「あ、あっそう……ですか」


 そんないかにも瀟洒しょうしゃなメイドのような振る舞いをする女性なのだが、名前は洗居さんというらしい。変わった書き方の名前だ。

 名前も変わっているが、メイド服を着ている理由も変わっている。どうやら、完全に自分の好みで着ているらしい。


 ――変わった人もいるものだが、本人が納得しているならそれでいいや。

 もしかしたら、玉杉さんが無理矢理着せてるんじゃないかとも思ったのよ。

 あの人、一応は借金取りだし。そんなことをするイメージ、外見以外にはないけど。


「そういや『この時間帯はこの店で働いてる』って言ってたけど、昼間は別のところで働いてるとか?」

「この人、実は結構すごい人なんだぞ。空鳥。ネット界隈じゃ、知る人ぞ知るって奴だ」

「え? そんなにすごい人なの? アタシ的には、メイドコスプレが好きな変わった人にしか見えないけど?」

「空鳥がそれを言うと、なんだか余計に失礼に聞こえるな……」


 それでこのメイドな洗居さんなのだが、ちょっとした有名人のようだ。

 タケゾーには『お前も変人だろ』と言われたような気がするが、洗居さんの何がすごいのだろうか?




「恐縮ながら、私はネット上では『超一流の清掃用務員』などと呼ばれております」

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