第168話 覚醒⑨

 ネビル大佐の言う通り現行の法律では素手で鋼鉄を突き破り、瞬きする間に数十メートル移動する者。何もない所から炎を出現させ火球を自由に操る者等、覚醒した人類の能力に対応出来るとは思えなかった。

 こうした力を犯罪に使われれば今の法律では罰する事は難しく早急に法整備をしなければならなかった。

 それと並行して、抑制する為の力も必要になる。その為の力をリアン達が求められているのは明白だった。

 それを理解しているからこそ、リアン達はクルードの指示に素直に従った。


 脚力を見たいと言われれば数名と共にリアンは横一線に並び、合図と共にスタートを切る。しかしその直後に記録員はリアンの姿を見失い戸惑いを見せていた。


「俺の記録は適当に書いといてもいいぞ」


 リアンにそう声を掛けられて、ようやく記録員は既にリアンがゴールしている事に気付いた。単純な作業でも能力が覚醒した者としていない者の差は広がっていたのだ。

 リアンは他の者達の動きを見ながら考えていた。

 皆どれぐらいの力を出しているのか?

 全力を出せばもっと高い記録は出せる。だが全力で動いた所で記録員達は記録しきれないだろう。だから抑え気味に動いてはいるのだが――。

 リアンがそんな事を考えていた時、一人の男がにこやかに話し掛けて来た。


「リアン少佐で間違いないですか?」


 男はリアンと背丈は変わらないように思えた。一見すると細身にも見えるが実の所、筋肉質で引き締まった肉体をしていた。柔和な笑みを見せる男は好青年という印象を受ける。


「ああリアン・シュタイナーだ。君は?」


 相手の襟元の階級章に目をやり、相手が中尉である事を確認してリアンがにこやかに問い掛けた。


「失礼しました。自分はアンソニー・シャワル中尉です。失礼かもしれませんが少し崩した喋り方でもいいですか?」


「ああ好きにしてくれていい」


 リアンがやや呆れたように笑うとアンソニーは再び柔和な笑顔を向ける。


「ありがとうございます。固すぎるのは自分少し苦手でしてね、助かります。所で少佐、全力出してないんじゃないですか?」


「ああそうだな。だが皆そんなものだろ?」


 平然とそう言ってのけるリアンを見て、今度はアンソニーが呆れたように笑って演習場の方に目をやった。


「どうでしょうね。自分は少なくとも結構本気でしたよ。今走ってる男の顔を見て下さい。少なくとも余裕があるようには見えません。それに向こうで氷を作り出してる女性。彼女もかなり気合いを入れてるように思います」


 確かにアンソニーの言う通り、走っている男は歯を食いしばり全力を出しているように見えるし、向こうの女性兵士はかなり力んで叫んでいる。

 その様子を顎に手を当てながらリアンが見つめていると、アンソニーが再びにこやかに話し掛ける。


「ね?能力が覚醒した人もピンキリなんですよ……少佐の全力見せていただけませんか?」


「……なるほどな」


 にこやかな笑みを浮かべるアンソニーを一瞥すると、リアンは徐に演習場の方へと歩いて行く。演習場の開けた場所に行くと近くにいた記録員に声を掛けた。


「ああ君。今この演習場にいるのは俺達だけか?」


「あ、はい。本日はこの為に演習場での全ての予定がキャンセルされています」


 記録員が慌てて返答すると、横にいた先程まで氷を作り出していた女性兵士が不機嫌そうに割って入った。


「ちょっと、今私が氷を操っている所なんですけど!少佐が巻き込まれても私は知りませんからね!」


 眉根を寄せながら食ってかかる女性兵士を見てリアンは少しため息をついた。


「君が一生懸命集中している所を乱して申し訳ない。ただどうしても確認しておかないとな。知らず知らずのうちに誰かを巻き込む訳にもいかないんでな」


 そう言ってリアンは誰もいない方向へ向き直ると徐に手をかざした。


「一つ確認するがあっちにあるのはスクラップ置き場だけだよな?」

「え、あ、はい。その筈ですが」


 リアンの問い掛けに記録員が戸惑いながら答えた。確かにリアンが向く先には無人のスクラップ置き場があるだけだった。

 リアンが目を閉じイメージを膨らませながら集中していくと、頭の中に呪文の様な言葉が浮かんでくる。


『彼方で燃えし灼熱の業火よ、我が剣となりて彼の地を滅せ――』


 リアンが詠唱を唱えるとかざした掌の前に直径一メートル程の火球が現れた。


『――高熱爆炎地獄ナパームインフェルノ


 リアンが唱えると火球は凄まじい速さでまっすぐスクラップ置き場の方へと飛んで行く。

 次の瞬間、一キロ程先にあるスクラップ置き場がドーム状の火球に包まれた。離れた演習場にも遅れて爆音と爆風が届く。

 一キロ程先の爆発にも関わらず、演習場には熱風が吹き荒れる。その場にいた全員が身をかがめながらやり過ごし、熱風が去ると静寂の時が訪れた。全員の動きは止まり、驚愕の表情を浮かべてリアンを見つめていた。


「ああ君。今のが俺の全力の力だ。他にも火球を操る事も出来るが最大火力は今のだ。記録しといてくれるか」


 静まり返る中リアンは自身に注がれる視線を気にする事なく、横にいた記録員に声を掛けるとそのままアンソニーの元へと戻ってくる。


「今のが多分全力だ。満足か?」


「え、ええ。ありがとうございました」


 少し引きつった笑顔を見せるアンソニーだったが、その場にいた全員がアンソニーと同じように引きつった顔を見せていた。

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