第166話 覚醒⑦
翌日、リアンとシャーロットは予定通りクルードの研究施設へと赴いた。
研究施設に着くとクルード自らが入口まで出迎えにやって来る。
「これはこれはようこそリアン少佐。それにミセス、シャーロット」
「自ら出迎えるとは驚いたな」
「そりゃこちらからお呼び立てした訳ですからね。それにお二人は大切な被検体です。私自ら出迎えるのが作法かと」
そう言ってクルードが自らの胸に手を当てわざとらしく丁寧にお辞儀するが、リアンは眉根を寄せて不快感を露わにする。
「おい、ちょっと待て!二人共被検体とはどういう事だ?今回シャーロットは関係ないだろ!?」
「いえいえ、今回の騒動にワクチン接種が関係している可能性は極めて高い。ですのでシャーロットさんにも今一度、御協力願いたいのですよ。後日シャーロットさんだけお呼び立てするよりも御一緒の方がよろしいかと」
狡猾な笑みを浮かべるクルードを見て、リアンは歯噛みしていた。納得はいかないがクルードの言う通り後日シャーロットだけが呼び出されるのは避けたい。更にそれが軍や国からの要請なら無下にも出来ず、このまま受け入れるのがお互い得策なのはリアンも分かっていた。
かくしてクルードの思惑通りに事は進んで行く。
その後リアンはクルードの要求に応えるように、高い身体能力を披露したり、炎を操ってみせる日々を過ごす。
一方シャーロットは細胞の採取や脳波や心拍のデータ収集に重きを置かれた。
今回は内視鏡で、より体内の深くまで細胞を摂取されたり、髄液を抜かれたり等、前回と比べて大掛かりな検査を施され、数日が経つ頃にはシャーロットの体力はかなり消耗していた。
その日の検査も終わり部屋に戻って来たシャーロットは明らかにやつれており、リアンが心配そうに声を掛ける。
「シャーロット大丈夫か?酷い事されてないか?」
「うん……大丈夫。ちょっと目眩がするぐらいかな」
「ちょっと待っててくれ」
シャーロットの儚い笑顔を見て、リアンはすぐに部屋を飛び出した。リアンが向かった先はクルードがいる研究室。研究室に着いたリアンはノックする事もなく勢いよくドアを開けるとズカズカと入って行く。
「おい、クルード!シャーロットに何をした!?もうシャーロットは限界だ。明日は何があろうと検査も俺のデータ取りも中止させてもらうからな」
部屋に飛び込んで来るなり、がなり立てるリアンにクルードは冷ややかな眼差しを向けた。
「そんなにテンションを上げないでいただきたい。明日の話ですね?いいですよ。寧ろ明日以降は自由にしていただいて結構。御自宅にお帰り下さい」
少し呆れたような表情を浮かべてそう言うクルードを見て、リアンは逆に戸惑う。
「なっ!?……どういう事だ?帰っていいだと?」
「ええ、そう言ってるでしょう。シャーロットさんから今必要な分は既にいただきました。そして今や国内外問わず、異常な能力を得た人々は報告されています。リアン少佐、貴方を徹底的に調べる必要もなくなったんですよ。今、被検体はあちこちに居られます」
実際個人差はあるが、能力が覚醒した人々の報告は世界各国から寄せられており、全員に共通するのがワクチンを接種した事だった。その数は日に日に増加し、実にワクチン接種を受けた人々の約八割から能力の向上が報告されていた。
クルードの話を聞き、リアンは一つため息をつくと静かに踵を返す。
「なるほどな。なら明日には帰らせてもらう」
「ええどうぞ。あと軍からの伝言です。明日は帰ってゆっくりして、明後日、軍本部に来るように、との事です」
「ああ了解した」
リアンは片手を上げて反応すると、振り返る事無く部屋を後にした。
翌日。リアンとシャーロットが久しぶりに自宅に戻るとボヤがあった壁も不在の間に修復されていた。いまだ調子がいまいち戻らないシャーロットを気遣い、リアンは二人でゆっくりとした時間を楽しむ事にした。互いに膝を突き合わせて珈琲を嗜む。たわいもない会話を重ねながら静かな時を過ごす。シャーロットと過ごす時間は、世知辛い世の中を忘れられる癒しの時間だった。
リアンの至福の時間はすぐに過ぎ去り、翌日にはリアンは再び軍本部へと赴く為に支度を整えていた。
「まだ病み上がりなんだから無理はしないでよ」
シャーロットが玄関口まで見送りながら、やや不安気な表情で語りかける。
「もう大丈夫だって。それに今の俺はそんな簡単にヘマするような事はないさ」
そう言って笑いながらウインクするリアンを見てシャーロットは僅かに苦笑する。
「そうかも知れないけど……とりあえずちゃんと帰って来てね。約束よ」
「ああ勿論ちゃんと帰って来るよ」
リアンは笑顔でシャーロットの頭を軽く撫でると部屋を出て行く。
その後リアンは軍本部に到着すると、普段とは違う一室に行くよう指示された。リアンは首を傾げながら仕方なく指示された部屋へと向かって行く。
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