第164話 覚醒⑤

 喫煙所で立ったまま二人で煙草をふかす。

 ジャミールは困惑していた。

 さっきのは何だ?いくらなんでもトリックだよな――?

 そう思ってリアンを見つめるがリアンは何も言わずに煙草から上がる煙を目で追っている。


 微妙な沈黙の後、リアンがようやく口を開いた


「こんな時間にすまなかったな。おかげで分かった事がいくつかある」


「おっ、なんだ?少しは役に立ったか?」


「はは、一つは異常な程身体能力が上がってる。今なら弾丸でも躱せそうだ。もう一つは何故か火が起こせる。昼間のボヤ騒ぎの原因はやっぱり俺にあるようだ」


「ボヤ騒ぎ?何処かに火をつけたのか?」


 昼間の騒ぎを知らないジャミールが問いかけるが、リアンはそれに答える事無く笑みを浮かべてジャミールを見る。


「あともう一つ。お前はなんだかんだ言ってもお人好しだ」


「なんだそりゃ?……さっきのは手品じゃないのかよ?」


「ははは、手品じゃない、マジックだ……本当の魔法マジックさ」


 リアンは薄笑いを浮かべてゆっくりと歩き出した。その後をジャミールが慌てて追いかける。


「おい、次は何処行くんだよ?」


「帰ろう。時間も時間だし、何よりシャーロットが起きたら怪しまれる」


「俺が一緒だったから大丈夫だろ?」


「だから怪しまれるんだよ」


「……お前ら夫婦は俺を何だと思ってるんだ?」


 少し笑いながら二人は演習場を後にする。ジャミールと別れたリアンはひっそりと部屋に戻ると、ダイニングにある椅子に腰掛けた。テーブルの上には出て行く前に残していった書き置きがまだ置いてあった。

 徐にその書き置きを手にすると僅かに力を込める。握られていた書き置きは一瞬で燃え上がり灰となった。


「なんなんだろな、この力は?」


 自分の掌を見つめながらリアンは呟いた。


 そのまま眠る事が出来ずに朝を迎えると、眠そうな眼を擦りながらシャーロットが起きてきた。


「早いのね。どうしたの?あまり眠れなかった?」


「寝たらまた火の手が上がりそうでさ。今日まで休みだから今から少し眠るよ」


「そっか……あまり気にしちゃ駄目よ」


 少し儚い笑顔を見せて洗面所に行くシャーロットを見送ると、入れ替わるようにリアンはベッドへと入った。

 あまり寝てなかったせいか、それとも体が疲れていたのか、ベッドに入るとすぐに眠りへと落ちていった。


 そしてリアンは再び夢を見る。

 煙が立ちのぼり、激しく焼かれる街中で倒れるリアン。なんとか顔を上げるが、その視線の先では男達に抱きかかえられながらシャーロットが涙を浮かべて叫んでいた。

 なんとか立ち上がろうと藻掻くが身体は言う事を聞かず、腕を伸ばすのが精一杯だった。


「……リアン」


 シャーロットの声を聞き目を覚ますと、シャーロットが不安気な表情で覗き込んでいた。

 夢と現実が定まらぬまま、寝ぼけてシャーロットを抱き寄せる。


「シャーロット……」


「ちょ、ちょっとリアンまだお昼なんだから駄目だって、大丈夫?」


 突然抱き締められ、戸惑うシャーロットがリアンの肩を軽く叩いた所でリアンも我に返った。


「ああシャーロット……少し寝ぼけてたみたいだ」


「大丈夫?うなされてたけど。汗だくになってるし、シャワーでも浴びて来る?」


 シャーロットの言う通り、サウナにでも入っていたかのようにリアンは全身びっしょりになっていた。時計に目をやると既に昼の一時を回っている。


「思ったより寝てたんだな。軽くシャワー浴びて来るよ」


「分かった。軽めのお昼用意しとくね」


 リアンが軽く頷くとシャーロットは笑顔でキッチンの方へと駆けて行った。

 シャワーを浴びながらリアンは昨日からの事を考えていた。


 自分に一体何が起こっているのか?

 本気で動けばどれ程動けるのか?

 そして炎を本気で操るにはどうすればいいのか?


 大きな不安の中で僅かな高揚感も感じていた。


 シャワーを浴びて、少しスッキリしたリアンはダイニングへ行き椅子に座るとシャーロットと共に、少し遅めのランチを口にする。

 シャーロットが用意してくれたサンドウィッチを頬張っていると、シャーロットが思い出したように語りかけてきた。


「ああそう言えばリアンが寝ている間にリアンの上司から電話あったよ」


「ネビル大佐から?なんだった?」


「なんか、リアン少佐はいるか?みたいに聞いてきたから体調不良で今は寝てます。って伝えたんだけど、起きたら連絡するように、って言って電話切られたんだけどさぁ。正直あの人苦手」


 少し拗ねたように言うシャーロットを見てリアンは眉尻を下げながら宥めていた。


「まぁ悪い人じゃないんだけどなぁ。ただ堅物だから冷たい物言いに感じるかもしれないけど」


「リアンの上司だから我慢してるけど、なんか何時も命令口調なのよ」


 リアンが必死にかばおうとするがシャーロットの機嫌は斜めのままだった。シャーロットが不機嫌な理由、それは別に冷たい口調で言われたからでも、命令口調で言われたからでもなくネビル大佐の口調から、連絡すればリアンが呼び出しを受けるのではないかと予想出来たからだった。

 案の定、ランチ後に連絡を入れたリアンは軍本部に来るよう命じられた。


「体調不良で休んでるリアンを呼び出すなんて本当に信じられない」


 支度を整えるリアンを見ながらシャーロットが不満を口にする。リアンは困ったような表情を浮かべながらシャーロットの頭を軽く撫でた。


「体調はだいぶ良くなったから大丈夫だって。すぐに戻って来るから待ってて」


「ふぅ、わかった。待ってるから早く帰って来てね」


 最後は笑顔で見送るシャーロットを部屋に残して、リアンは軍本部へと急いだ。

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