第163話 覚醒④

「じゃあちょっと帰りに部屋に寄ってくれないか?」


「了解。シャーロットはどうした?」


「寝てるよ。だから静かに来てくれよ」


「注文が多いな。了解した」


 電話を切るとリアンは再び天井を見つめながら紫煙をくゆらす。天井までゆらゆらと昇っていく煙を見つめながらリアンは昼間の事を思い出していた。


 あの時見た夢はなんだったのか?

 壁が燃えた事との因果関係は?

 そして夢中で走っていたが、何故あんな速さで走れたのか?

 自分の中で何かが起こっている。不思議とそんな感覚に襲われていた。


 暫くそんな事を考えていると、テーブルに置いていた電話が鳴り、リアンはすぐに電話に手を伸ばした。


「はい」


「リアンか?今部屋の前に着いたんだがどうしたらいい?」


「ああすまない。すぐに出るよ」


 リアンはテーブルの上に『眠れないから少しジャミールと出てくる』と書き置きを残してすぐに部屋を出た。

 部屋の外ではジャミールが少しニヤニヤしながら立っていた。


「こんな時間に呼び出しといてなんだが、ひとの部屋の前でニヤつきながら立つなよ」


「お前が来いって言ったんだろ。それでどうした?シャーロットと喧嘩でもしたのか?」


 そう言って笑みを見せるジャミールを見て、リアンはため息をつき首を振った。


「ふう、電話をかける相手間違えたかな」


「なんだ、違うのかよ?ようやくリアンもこっち側になったのかと思ったのに」


「勝手に仲間に引きずり込むな。俺はお前と違って愛妻家なんだ。とりあえず場所を変えよう。ひとまず演習場に付き合ってくれ」


 そう言ってリアンは先に歩き出した。ジャミールは『こんな時間に演習場?』とは思ったが仕方なく後をついて行く。


 演習場についたリアンは体を捻りながら軽いストレッチを始めた。

 それを見たジャミールが戸惑いながら問いかける。


「おいおい、何するつもりだ?まさかこんな時間から俺を呼び出して演習するつもりじゃないよな?」


「まぁとりあえずこれ持ってくれ」


 そう言ってリアンは木製の木刀をジャミールに手渡す。木刀を手渡されたジャミールの表情は困惑に満ちていた。


「おい、何させる気だ?」


「それで打ち込んで来てくれ。本気でいいから」


 リアンはジャミールの方を向き、さぁ来いと言わんばかりに両手を広げて待ち構える。ジャミールは困惑しながらも仕方なく木刀を持って構えた。


「おい、本当にこのまま叩き込んでいいのかよ?」


「来いって、大丈夫だから」


 戸惑うジャミールをリアンが笑顔で促した。ジャミールは仕方なく木刀を振り上げるとリアンに向かって振り下ろす。

 リアンは簡単に避けるとジャミールの横に回り込んだ。


「加減するなって」


 リアンが囁くが、リアンの言う通りジャミールの一撃は誰でも簡単に躱せそうな一撃だった。ジャミールは仕方なくもう少し鋭く木刀を一振する。リアンは笑みを浮かべながら軽く躱してみせた。

 ならばとばかりにジャミールが鋭い一撃を振り下ろすがリアンはそれでも躱してみせる。リアンの表情からは余裕さえ伺えた。ジャミールは更に鋭くリアンの胴を薙ぎにいくがリアンは後ろに飛び退き距離を取った。

 ジャミールは飛びかかり距離を潰すと一気に木刀を振り下ろす。リアンは笑みを浮かべると鋭く振り下ろされる木刀を片手で軽くいなした。直後リアンは速度を上げてジャミールの背後に回り込む。

 速度を上げられたジャミールは一瞬リアンを見失い、気が付くとリアンの指先が自らの喉元の寸前で止まっていた。


「な、何かトリックか?一瞬リアンの姿を見失ったんだが」


「いや、単純に動く速度を上げただけだ」


 リアンは静かにそう言うとジャミールの喉元から指先を引いた。


「さぁ、これでわかったろ?遠慮はいらない、全力でかかって来てくれ」


 そう言って再び両手を広げるリアンに対してジャミールは全力で木刀を振るった。ジャミールは何度も木刀を振り、何度も捉えたと確信した。だがその度にリアンの姿を見失い木刀は空を切る。そんなやり取りが繰り広げられ、十分が経った頃、遂にジャミールの方から音を上げた。


「もう無理だ。お手上げだ。だいたいこっちは酒も入ってるんだぞ」


 息を切らせながら文句を言うジャミールを見て、リアンが笑顔を見せる。


「悪い悪い。つい楽しくなってしまった」


「そら良かったな」


 息も絶え絶えになりながら悪態をつくとジャミールはそのまま大の字になる。

 リアンはその横に腰を下ろした。


「ははは、悪かったな付き合わせて」


「ああ深夜手当出せよ……なんだよあの動きは?」


「……それが分からねえんだよ」


「なんだそりゃ……」


 二人揃ってため息をつくと暫し沈黙が訪れる。リアンはいまだ自分の身に何が起こっているのか分からなかった。だが身体能力が異常な程向上しているのはジャミールのおかげで分かった。あとは壁が燃え上がった事――。


 リアンは徐に立ち上がるとジャミールに視線を送る。


「とりあえず一服しないか?」


 リアンの呼びかけにジャミールは片方の口角を上げてニヤリと笑った。二人して演習場の隅にある喫煙所にやって来るとリアンは煙草を咥える。そのまま自分の煙草から一本伸ばしてジャミールに向けた。


「いるか?」


 煙草を咥えたまま、にこやかに問いかけるリアンにジャミールは軽く会釈しながらその一本を頂く。ジャミールが煙草を咥えた時、リアンが口走った。


「ああ火もいるよな」


 そう言ってリアンが徐に掌を前に出す。

『何してんだ?』ジャミールがそう思った次の瞬間、リアンの掌にサッカーボール程の火球が現れた。


「はっ!?」


 突然の事に驚くジャミールを他所に、リアンが冷静に語りかけた。


「火いらないのか?」


 そう言われてジャミールは戸惑いながら煙草に火をつける。

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