第162話 覚醒③

 言葉に窮してしまい困惑するリアンを見て、シャーロットが優しく問いかける。


「リアン、それはそうと体の具合はどうなの?少しはマシになってるみたいだけど」


 シャーロットにそう言われてリアンも気付いた。目覚めると火が上がっていたので慌てて消火活動をしていた為気付かなかったが、眠る前はあれ程全身を襲っていた倦怠感や節々の痛みなんかが消えていた。今は寧ろ今までに感じた事がない程、体が軽く感じられる。


「ああ、そういえば今朝の不調が嘘みたいに体が軽いよ」


「そっか。それなら良かった」


 そう言ってシャーロットがリアンに全力で抱き着くと、リアンも笑みを浮かべながら優しくシャーロットを抱き締める。


「片付けとかは私がしとくから、リアンはまだゆっくり休んでて」


「いや、そうはいかないよ。少しは楽になったんだから俺も片付けるよ。二人でやろう」


 そう言ってリアンは立ち上がると焦げた壁の方へと歩んで行くと、シャーロットもすぐにリアンの後をついて行く。真っ黒に焦げた壁の前に立つと、焦げた匂いが一層鼻についた。


「さてと……何から手をつけたらいいのやら」


「派手にやっちゃったもんね……今日、この部屋で寝られるのかしら?」


 少し途方に暮れるリアンにシャーロットが悪戯っぽく笑いかける。リアンも笑い、二人で片付けを始めようとした時、入口のドアをノックされた。

 リアンが慌てて入口に行きドアを開けると軍服に身を包んだ男が二人立っていた。

 そのうちの一人が敬礼をした後、不思議そうに尋ねる。


「リアン・シュタイナー少佐。何か火事だと聞きましたが大丈夫ですか?火災報知器も作動したようなのですが」


「ああ、すまない。ちょっと不注意でボヤを起こしてしまったんだ。今は火も消えて落ちついてるよ」


「そうですか。一応軍の居住区なんで現場だけでも見せていただいてもいいですか?」


 そう問われてリアンは戸惑ってしまう。現場となった壁は火の気など一切ない。もし「何故火の手が?」などと問いかけられても答えようがなかったからだ。どうするべきだ?そんな事を考えていた時、目の前の男達が首を傾げる。


「どうしました?何か問題でも?……あっ、そう言えば少佐は体調不良で本日はお休みになられていたんですよね?ひょっとして我々に伝染すのを気にしてらっしゃいますか?」


 少し困った表情をしていたリアンを見て、男達は勘違いをしてしまう。リアンはそれを聞き、咄嗟にその話に乗る事にした。


「ああ、実はそうなんだ。部屋に入れて君達に伝染す訳にもいかないからどうしたもんかと。今新型ウイルスも流行ってるだろ?ワクチンを打ったからって心配じゃないか?」


「そうですね、ありがとうございます。現場検証は少佐の体調が回復してからにしましょうか。上にはボヤで済んだようですと、報告しときます」


 リアンの咄嗟の演技が道に入っていたのか、男達はすっかりリアンの言葉を信用し、そのまま部屋に入る事無く去って行った。少しホッとして部屋に戻るとシャーロットが少し呆れたような顔をして見つめていた。


「上手い事言うわね」


「ああ、都合良く勘違いしてくれたからな。咄嗟に出た事だったけど上手かっただろ?」


 少し勝ち誇ったように笑みを浮かべるリアンにシャーロットが笑顔を浮かべて歩み寄る。


「ええ、凄くスムーズだったわよ。まるで普段から嘘つき慣れてるんじゃないかって思うぐらい」


 そう言って眉根を寄せて疑惑の目を向けてくるシャーロットに、慌ててリアンが弁明する。


「い、いや、普段からそんな嘘つく訳ないだろ」


「ええ、そうよね。そう信じてるわリアン」


 そう言って優しく微笑むシャーロットにリアンは少しだけ恐怖を感じた。


 その後、半日かけて部屋の片付けをしたが焦げた壁と匂いだけはどうしようもなかった。二人は匂いが立ち込める寝室は諦めて、その日は仕方なくリビングで寝る事にする。


「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 寝る前に軽く口付けを交わし二人は眠りにつく。

 しかし昼間の事が気になりリアンは眠れずにいた。あの時、自分が寝ている間に何があったのか?何故炎が上がったのか?どれ程考えても答えが出る筈もなかった。だが自分が眠れば、再び炎が上がるのではないかと漠然とした不安に駆られ中々眠りにつく事が出来ずにいたのだ。


 結局リアンはシャーロットを残し、ひっそりとベッドを出るとダイニングに行く。そこで椅子に腰掛けると徐に煙草を咥え火をつけた。

 ふう――。

 煙草の煙を吐きながら天井を見つめる。暫く椅子に腰掛けながら紫煙をくゆらせていたリアンだったが電話を手に持つと徐に電話をかけ始めた。

 すると三コール程で相手は電話に出る。


「はいよ。どうしたこんな時間に?」


 電話の相手は気兼ねしない様子で語りかける。裏では賑やかな声が響いていた。


「悪いなジャミール外だったか。まぁ大した用じゃないからまた今度でいいや」


 相手の様子を察知し、リアンは電話を切ろうとしたがジャミールは慌ててそれを制止する。


「おいおい待て。お前がこんな時間にかけてきて大した用じゃないって事はないだろ。ちょうど帰ろうと思ってた所だし何の用か教えろよ」


 明るい口調でそう言って電話の相手は楽しそうに笑っていた。

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