第161話 覚醒②

 ライカバードが秘書官から報告を受けていた頃、セントラルボーデン国内の軍事施設居住区ではリアンが体の不調を訴えていた。

 数日前から妙な倦怠感を感じていたのだが、今朝起きると体が異常な程熱かったのだ。部屋にあった体温計で検温するとなんと体温は四十度を超えていた。


「ちょっと風邪でもこじらせたかな?」


 ベッドで横になりながらそう言って微笑むリアンをシャーロットは不安そうに覗き込む。


「拗らせたってレベルの熱じゃないでしょ!ワクチンも打ったのになんでこんな高熱を」


 汗だくになり呼吸の荒いリアンを見て少し狼狽えるシャーロットを、リアンは優しく撫でる。


「クルードの言うCウイルスとは違うって事だろ。医者も季節性の風邪と疲れだって言ってたろ?薬飲んで寝てたらマシになるって」


「リアンは仕事し過ぎなのよ。ゆっくり休んで良くなったらたまには二人で旅行に行きましょ。私行きたい所いっぱいあるんだから」


「そうか、わかった。今度休暇申請してみるよ。なんせ世界を救ったシャーロットの頼みだ、軍も少しぐらい融通を効かせてくれるだろう」


 そう言って少し弱々しい笑みを見せるリアンを見てシャーロットも優しく微笑んだ。暫くしてリアンが眠りにつくと、シャーロットは普段通り家事に勤しむ。

 リアンは眠っていると不思議な夢を見た。燃え盛る街に立ち、自らが手を振ると炎が舞い、手をかざせば爆発が起こる。不思議と頭に魔法の様な言葉が浮かび、それを唱えると炎の弾丸が飛んで行った。


「きゃああ」


 突然響いたシャーロットの悲鳴にリアンが目を覚ますと、寝ていた寝室の壁から炎が上がっていた。


「な、なんだ!?」

「消さなきゃ、消さなきゃ」


 狼狽えるシャーロットを連れてリアンは部屋を飛び出した。部屋を出た所でシャーロットを待たせるとリアンは「すぐに戻る」と言って駆け出して行く。火災報知器が鳴り響く中、シャーロットが呆然としていると消火器を手にしリアンは言葉通りすぐに戻って来た。リアンはそのまま部屋に入ると壁で立ち上る炎に向かって消火器を噴射する。炎はすぐに鎮火し事なきを得た。


「なんなんだよまったく」


 リアンはその場にへたり込むと片手で髪をかきあげながら呟いた。訳が分からない、といった感じでリアンが焦げた壁を見つめているとシャーロットが部屋の入口から顔を覗かせる。


「リアン、大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫だ……一体何が起こったんだ?」


 顔をしかめながら、少しおどけたように首を傾げるリアンにシャーロットが歩み寄る。


「向こうの部屋で私が洗い物をしてたら突然リアンの叫び声が聞こえて、気になって見に来たら壁が燃えてたの。その後の事は覚えてる?」


「ああ、君の悲鳴を聞いて目が覚めたら壁が燃えてたんだ。それより何故いきなり壁が燃えて――」


 それまで聞いていたリアンの話を遮りシャーロットがリアンの頬を両手で包むと自分の方へ向ける。


「違う。燃えてる事に気付いたリアンがどうしたか覚えてるの?」


 真剣な眼差しでそう問いかけてくるシャーロットを見て、リアンは困惑する。自分がその後どうしたか?そんな事よりも何故炎が上がったのか、の方が重要ではないか?そう思ったリアンだったがじっと真剣な眼差しを向けているシャーロットを見て、まずはシャーロットの質問に答える事にした。


「そうだな。燃えてる壁を見てすぐに君を連れて部屋を出た。その後君を残して俺は消火器を取りに行き、すぐに取ってきた消火器で消火したんだ」


 自分の行動を思い出しながら口にしていくリアンをシャーロットは何も言わずにじっと見つめていた。シャーロットの意図が掴めずリアンは困惑の表情を浮かべる。


「……なんだろう。君を残して行ったのがまずかったかな?でもすぐに戻って来ただろ?」


「ええ、本当にすぐに戻って来てくれたわ。リアン、あの消火器何処から持って来たの?」


「えっ?いやぁこの階には消火器なんかなかったから上の階に行って――」


 そこまで口にしてシャーロットの質問の意図がようやく理解出来た。リアンの言う通りこのフロアには消火器など無く、上の階の居住区を抜けた先にある食堂か、二つ下のフロアにある演習場まで行かねばならなかった。


「そう、上の階の食堂にある消火器を取って来てくれたのね。私を置いて駆け出して行って十秒足らずでリアンは消火器を片手に戻って来てくれた……どうやって?」


 シャーロットの質問にリアンは言葉が出てこなかった。普通なら数分はかかるその距離をリアンは十秒程で戻って来た。シャーロットが不思議がるのも無理はなかったが、リアンもそれを上手く説明出来ずにいた。リアン自身、必死になっていた為身らの身体能力が異常な程向上している事に気付かなかったのだ。


 あの時俺は一体――?


 言葉が出ないまま黙り込んでしまい、二人は困惑の表情を浮かべたまま見つめ合う。

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